2008年11月24日

アイデンティティを考える・・・ちょっとだけ学問風編

自分のアイデンティティの探求に振り回された今年一年。
とは言っても、ああ、これってそーゆーことだったのか、と解ったのはつい最近の話。
泥沼の中にいる時は、アイデンティティだのなんだのなんてこれっぽっちも思い浮かぶ訳がない。

なんとなく嵐が過ぎた感がある今だからこそ、アイデンティティなんていうオジョウコな考えが浮かんでくる訳です。

はて、アイデンティティとはなんでしたっけ???

こんな日常生活を送っているので、放送大学を自主休学中している状態のワタクシではありますが、それでもほんの僅かばかり、単位を取得した科目はあるのであります。

その中に生涯発達心理学もあったのですが、然しながら、もう一つアイデンティティってなんぞや?というものが、感覚的に理解出来ないでおった次第です。

そう、私はこれでも女性として生れ落ちておりますので、女性の脳みそをもっております。
ってな訳で、感覚的な理解が必要になってくる訳です。

そして今回、幸か不幸か、図らずしてアイデンティティの拡散に伴う探求と形成を身を以って意識できたことで、やっと理解することが出来たような、そんな気がします。


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アイデンティティを考える・・・体験編

今年も残すところあと僅か・・・
今年アップした記事もまた僅か・・・
正直なところ、ブログなんて書いてる場合じゃないっつぅの、てなカンジの一年間でございました。

ジタバタ・ドタバタは毎度のこととは言え、今年一年は本当に疲れた〜モバQ

やること為す事すべてがうまく行かない・・・
どうしたら問題が解決するのかすら解らない・・・
やること為す事上手く行かないのは毎度のことだけど、「じゃ、こうしたらどうだ!」というジタバタすることすら解らなくなってしまうというのは、恐らく始めての経験かもしれない。

途方に暮れるとは、こういうことを言うんだろうか?


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2008年08月17日

「精神状態異常あり」を考える

なんと3ヶ月。
全くもって放置していたブログの世界です。

ここ数ヶ月、気力とか意欲とか、ポジティブな感情が一切沸き起こらなくなってしまいました。
軽く「うつ」状態だったんだろう、と、生きる力が復活しつつあるこの頃になってそう思います。
専門家ではないですから、軽かったのか重かったのかは判りませんし、「うつ状態」というのが当てはまるのかも判りませんが、「普通」ではなかったことだけは確かです。

私の根底にある原因は何だったのかは、元気を取り戻してきたこれからゆっくりと考えるとして、取り合えずそのきっかけとなったのは、「仕事」でした。

前記事に頂いたまるこさんからのコメントにも、「N学館さんで働いていて精神的にだめになって退職した人は何人もいるので、無理なさらないでくださいね。」とあったのですが、ものの見事にその「精神的にだめになって退職した人」の一人になってしまいましたふらふらどんっ(衝撃)あせあせ(飛び散る汗) てへっ病院


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2007年12月10日

こまった人

ネット購入本の送料を浮かすために急遽購入した矢幡洋先生のスキゾタイパル本。
そのために後回しにしてしまった養老先生の本を読んでいる。
そのタイトルが「こまった人」
中公新書から2005年に出版されている。

養老先生の書いていることは、正しいのかどうかは別として、私には共感できることが「多い」。
「多い」というのは、決して全てが「おっしゃるとおり」とは思えないこともある、ということではあるけれど、「同感同感!」と思えることが「多い」のだ。

同感ではあるけれど、はてさて、そんな考え方をしている自分自身がその考え方通りの言動を実践しているのだ、とは限らない。
自分ではそのつもりでも、実際にはまったく反対の言動をしているのかもしれない。
それでも私は、自分自身の考えに忠実な言動をしているのだと「思い込んで」いる。

そして何よりも、そんな考え方に忠実であろうと思っている。

私にとって書籍というのは、それが例えマンガであろうがゲームの攻略本であろうが専門書であろうが、そこに書かれていることが正解なのではなく、そこに書かれていることは自分自身だけの正解を導き出すためのツールでしかない。
物事のいろいろな考え方を見聞するために本を読んでいるような、そんな気がする。

だって、本に書いてあることは一般論であって、私のために書かれたものでは無いのだから、そこに正解なんぞは書いていないのは当たり前なのだ。
その人の考え方が自分と同じであれば安心するし、違えばまた別の角度から物事を考えることが出来るようになる・・・かもしれない。



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2007年10月23日

「語る」ということ

以前から何度か書いているように、私はココに何かを書くことで自分の考えが整理されていくような気がしています。
ただそれだけのために書いているようにも思います。
当然のことながら、まとまってもいなかったり、矛盾していることを書いていたりするんだろうけど、それは悲しいかな自覚がないのですねがく〜(落胆した顔)あせあせ(飛び散る汗)
そんな矛盾を再考したり、まとまっていない考えをまとめるために、ココに書いている、と言ってもいいんでしょう。

本来ならば、ここに書くことは全世界発信しているのであるから、既に整理され「これが私の考えでござる!」という姿勢でなければならないんでしょうが。。。。。

ブログなんてものが無かった時代、こういう役割を担ってくれていたのは、日記であったり友達への手紙だったり、、、だったと思います。
結局のところ、今も昔も、何らかの形で明文化しながら私は自分の思いを形にし、確認してきたように思います。


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2007年10月19日

静かなまぼろし

るんるんむぅかしぃのこぉいを〜〜なぁつぅかぁしぃくぅ〜おもうのはぁ〜〜〜
いぃまのじぃぶんがぁ〜〜しぃあぁわぁせぇ〜だぁからぁこぉそぉ〜〜〜カラオケ


「昔の恋をなつかしく思うのは
 今の自分が幸せだからこそ」

いつの頃からか、昔を思い出したりした時、最後はこのフレーズを口ずさみ〆る、というのが私の定番になっています。
人生折り返し地点の今だから?
イヤイヤ、結構若い時分にもそうやって締めてきましたっけ。
それだけユーミンのこの「静かなまぼろし」という曲が古いってことでもありますが、ま、ざっと30年程前の曲でさぁねぇわーい(嬉しい顔)あせあせ(飛び散る汗)

「喉元過ぎれば火もまた涼し」と言われるように、事件が起こっている現場に置かれているその時はどん底のズンドコであっても、それが過去になった時には笑い話や懐かしい話になっている、ということですよね。
難しい学問はさて置いても、そういう経験を恐らく万人がしているのだろう、と思います。

放送大学の今年度後期もまた、何も履修しなかった私ですが、「人格心理学」のテキストだけは買いました。
タダの読み物としてでも、マジおもしろいっす。
そしてそこには、「喉元過ぎれば・・・」ってぇのはどういうことか、というようなこともまた、書かれています。



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2007年09月21日

前提とは???

学校社会では運動会・文化祭のシーズンです。
オラが少年野球チームでは6年生がまとめexclamation&questionに入るシーズンです。
オラが地区ソフトボールチームは年度を飾るexclamation&question会長杯トーナメントが行われているシーズンです。
そんな中、オラが村女子ソフトボール部は、来月隣村で行われる大会にもメンツが揃わず出場できない体たらく故、解散の危機にありますが、それでも今月までは毎週の練習をやってくれるらしいです。
夏の疲れも出てきたのか、なんだか我が家全員、ヘロヘロ・・・

ただ一人元気なのは、部活も終わり受験勉強どこ吹く風の超マイペース男の長男1号ですもうやだ〜(悲しい顔)
彼の日課には未だに「勉強」という文字は見当たりません。
休日の朝8時に友達が「遊ぼうゼるんるん」と誘いに来る受験生って・・・
誘いに来る受験生も来る方なら、喜んで出かける方も出かける方。
ま、それらのツケは全て自分に降りかかってくるんですから、止めやしませんがね。



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2007年05月26日

だってそーゆー時代なんだもん3

これだけ個性だの人権だの多種多様だのと声高に叫ばれる世の中にあって、なぜか子ども達はそれと逆行するように、自分達の周りの人間に対してはその多様性を認めない。

我が家の長男1号あんチャンは、少年野球を卒業した後にテニス部に入った。
仮入部の際、彼は迷っていた。
テニスもやってみたいが野球も好きだ。。。

仮入部になってすぐ野球部に入った少年野球時代の仲間は、そんな1号あんチャンにこう言った。
「野球部に入らないと少年野球の監督に電話するぞ」

誰が何部に入ろうが勝手じゃないか。
そんなことまでおまえ達に干渉されたくないね。
大体なんでそこに少年野球の監督が出てくるんだって。

息子がじゃなくて、私がそう思った。

テニス部に入って、何年か前のテニス部OBのお母さんから、お下がりで一本シャフトのラケットを貰った。
1号あんチャンは喜んで学校に持っていったのだけれど、先輩から
「シャシャッテル」
と言われたのだそうだ。
「シャシャッテル」というのはその時初めて聞いたのだが、どうやら「生意気」というような意味合いで使われているらしい。
しゃしゃり出る、から来ているのだろうか?
野球部でも高いグローブやバット・スパイクを下級生が持っていくと、「シャシャッテル」と言われるのだそうだ。

誰がどんな道具を使おうが勝手じゃないか。

今という時代はそーゆー時代なのだ。



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2007年05月11日

体の使い方

昨年のちょうど今頃、右膝の靭帯をやっつけちゃった私です。
生まれて初めての松葉杖生活から1年ほど経ち、今でも調子が良かったり悪かったり・・・
未だに悪い時には正座も出来なかったり、歩行すら困難だったり。
かと思えばフツーに軽く走れることもあります。

「時間が経てば治っていくんだろう。だって人間には自己治癒力があるんだからサ手(チョキ)

なんて安易に考えていたことを反省し、現在積極的にリハビリ筋トレを行っている次第です。
今頃かい・・・というか、その前にまずダイエットが必須・・・という考えは気づかなかったことにしております。ダッシュ(走り出すさま)

さて、なんで私が膝を捻挫したと言えば、
「昔は当たり前に出来た動作を頭が覚えていて、当たり前にそうしたのだけれど、昔とはかなり違っている体がついていかれなかった。」
ということです。

これは自慢ではないのですが(チョット自慢入ってるけどドコモポイント)、当時治療してくださった先生によると、昔運動神経が良かった人程そういった怪我をしやすい、のだそうです。
「当たり前」が今や「当たり前じゃない」ということに気づいていないから、なんだそうです。
今も昔も「当たり前」じゃなければ、体がついていかないような動作はしないんでしょうね。

この運動神経の良し悪しについての「当たり前」の違いということは、昔の子どもと現代の子どもについても言えるようです。

子ども達の体力測定結果が報道される際、「昔はこれだけ出来たことが今はこれしか出来ない」というような報道がされます。
私なんぞは、昔の子どもは運動神経が良くて(運動能力が高くて)、現代の子どもは運動神経が悪い(運動能力が低い)、と受け取ってしまうのですが、実際はどうなんでしょうか?


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2007年02月16日

逸脱を考える、前に考えてみたこと

自分のブログも満足にエントリ出来ないくらいの調子なので、このところずぅ〜〜〜っとネット社会とは疎遠でいた。
したらどーだろう。
浦島太郎子だ・・・

全然増えないお気に入りリンクなんだけど、こりゃ削る必要があるようだ。
ken師匠のところでは、再び「逸脱」論議が熱を帯びているようだ。http://araiken.blog8.fc2.com/blog-entry-268.html

ken師匠のエントリされる内容は、大抵私には難しい・・・もうやだ〜(悲しい顔)
数行を理解するのに、結構な時間と根性が必要となる。
だって、単語の意味を調べることから始まるからねぇ〜わーい(嬉しい顔)あせあせ(飛び散る汗)あせあせ(飛び散る汗)あせあせ(飛び散る汗)
「まぁた難しいこと書いてるぞィ。」
と思いつつ、興味が先に立って読んでみる。

・・・・・・・

やっぱりなかなか頭に入ってこないんだけど、本題を理解する以前の段階で気になる一行を見つけてしまった。

【それに、きはむさんは「現代社会は逸脱を許すシステムに向かっている」との現状認識を示していますが、全くそんなことはないと私は思います。】

これには諸手を挙げて賛成する私であったりする。

難しいことは判らないけど、現代社会は決して逸脱なんてものを許すシステムには向かっていないと思う。
それどころか、そんなものを許さなくなってきている方向に向かっているとさえ思う。

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2007年02月10日

そーゆーことでいいのぉ〜?

私は今時の常識・良識であるらしい、自由とか人権とか個性とかは尊重されなければならないのだ、という時代の流れ?を胡散臭いと思っている。
その一方で、それらは尊重されるべきなのだ、尊重してくれよ!とも思っている。

自由も人権も個性も平等も・・・・・それらを一つ取り上げて尊重すれば、それらの別のどれか(または別の誰かのソレ)が脅かされるとしか考えられないからだ。
自由も人権も個性も平等も・・・・・全部が全部尊重されることを望んでいるらしい自分に「そんなこと有り得ないジャン」と打ち消す自分がいる。

そんなこと有り得るのだ、という言説を捜し求めているのかもしれない。

悲しいかな、今現在、それら全てをマルっとゴロっと尊重できるのだ、という言説にはお目にかかっていない。

この世にそんな言説があるとしたら、それは多分恐らく宗教の中だけなんだろうと思う。
でもそれはマヤカシでしかない、と私は思っている。
あ゛〜〜〜、やっぱり地獄行きは確定だろうながく〜(落胆した顔)あせあせ(飛び散る汗)

【すべては脳からはじまる】によると、茂木健一郎氏は、『さまざまな個性を尊重するとか、他者と真摯に向き合うということは現代人の理想ではあるが、なかなかそのようにうまくはいかない。そんなとき、どうすればいいかと言えば、私は自然のことを考えるようにしている。』のだそうだ。



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2007年01月31日

個性を考える

先週の太田総理。
「報道の自由」なんてことを議論してました。
何かってぇと「報道の自由」とか言いやがる芸能レポーター。
何でもかんでも報道すりゃぁいいってもんじゃなかろうにもうやだ〜(悲しい顔)

「報道の自由」「知る権利」とか言われるその一方で、「編集権」とか「期待権」とかいう権利もあるんだそうです。
取材を受けたある団体が「期待に反した形で報道された」と報道した側を告訴し、勝訴しました。
片や取材をし報道をした側には、それを編集する権利がある、のだそうです。

要するに、いっくら「自由」とは言っても、ほどほどにネ。
ってことなんでしょうし、「規制」するにも、ほどほどにネ。
ってことなんでしょう。
まるっきり自由な報道も、思いっきり規制された報道も、両方とも危険この上ないということなんでしょう。

何事においても、腹八分目が丁度良い、ってことです。

「個性を考える」というタイトルをつけながら、ナゼこんなことを延々書いているのかといえば、世の中で昨今声高に言われている「自由」とか「権利」とか「個性」とか「平等」とか・・・そんなものがどうも胡散臭く思えて仕方無い私だからです。
それらがまるで、錦の御旗のように思えて、金看板のように思えて、それらを掲げればなんでもアリなのか?と言いたくなってしまう私だからです。

なぜそれらを「胡散臭い」と思うのかと問われれば、判りませんけどね。
自由とか権利とか個性とか平等とか・・・それらが大切なことであることは百も千も承知してますし、そうあるべきだと思います。
でも、世の中のいろいろな場面で声高に強調されているそれらを、私はどうしても胡散臭く思えてしまいます。
私はそーゆークオリアを持っている、とでも言えばいいでしょうか?

・・・クオリアの使い方、間違っているかなぁ・・・


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2007年01月06日

幼形成熟の典型例

今朝、子ども達と朝ご飯を食べていると、予備校生の兄が短大生の妹を殺害し、バラバラにした、という事件が報道された。

うわ!今朝のメニューはウィンナーと数の子と塩辛だぜ・・・がく〜(落胆した顔)
なんでよりにもよって内臓ばっかのこんな日に・・・もうやだ〜(悲しい顔)

ま、こんな始まりの一日だってあるさ・・・バッド(下向き矢印)


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2007年01月01日

年末特番

毎年の事ながら、年末になると「今年の重大ニュース」的な特番がめっきり増えます。
今年は必ずと言ってよい程、いじめ問題が取り上げられていましたが、それら特番の出演者達が何らかの方法で
「死んじゃダメ!」
というメッセージを聴視者に送っているのが印象的でした。



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2006年10月20日

平等と均等をごっちゃにすんな!

数週間前の週末の早朝。
野球少年とその追っかけとーさんを送り出した後、ボーーーーーッとTVを見ていた。
ゴルフのレッスン番組では「人間の体の動きは筋肉の記憶に基づく」ってなことを言っていて、スイングの効果的な練習方法をやっていた。
これは野球にも使えるひらめきexclamation×2
やっぱ早起きは三文お得なのねぇ〜るんるん

チャンネルを変えると、一見すると「放送大学?」とでも思えるようなチャンネルに出くわした。
「ナゼ人を殺してはいけないのか」
なんてことについて語っている。
朝から重いなぁ・・・ふらふら
と思いつつ、ついつい見てしまった。
どうやらナニカの宗教番組だったらしい。

私は学生の頃ラジオの深夜放送を聞いていたクチなので、その流れで週末の朝にやっている「心の灯火」なんてのも聞いたりした。
あの音楽と「暗い暗いと嘆くより、自分で明かりを灯しましょう。心の灯火」というオープニングは今でも忘れない。
話していた内容はきれいさっぱり覚えていないけどねもうやだ〜(悲しい顔)

半期に一度我が家に来る富山の薬屋さんが持ってくる、よくお寺からもらうような説教めいた一言集のような紙を読むのも好きだ。

宗教ってのはホドホドが丁度いいって思う。続きを読む
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踏み込んではいけない領域

先日、いじめから不登校になり現在うつ病で通院・入院をしている生徒との接し方が判らないもうやだ〜(悲しい顔)という相談のお電話を頂いた。
ご自身のお子さんではなくて、仕事の上で関わることになったのだそうで、困っていることはお察しするものの、「なぜ私に?」という困惑がかなりあった。

だってさぁ、あたしゃタダのおばちゃんな訳よ。
そりゃ息子が5年も不登校してりゃぁいろいろと勉強もしたりはしたものの、他者様のお子さんについてはオイソレと何かを言えるだけの知識がある訳でもなく、そんな責任を負えるような立場にある訳でもなく、増してや「うつ病」という病気に対応できるような知識も立場も持ち合わせてはいない。
電話を下さった方は「不登校・・・と言えばチャマさんチね。」ってなカンジだったのかもしれない。

根がお節介だから頼られることは嬉しいことだけど、モノには限度というか程度というか適材適所というか、そーゆーモノがあるだろうに・・・ふらふら
少なくともこんな相談は「専門家」にするのが宜しいかと思われる。

私に言えることは、極々一般的な知識しかない。

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2006年08月16日

ジェンダーフリーとフェミニズム

ただただ素朴な疑問を投げかけただけで、地区保護者懇談会を凍りつかせてしまったデストロイヤーの私です。
つーか、なんでそうなるんだろう・・・
フツーに「いやぁ、ここだけの話、遅いと思いますよ」とか「いいんじゃないでしょうか。」って言ってくれれば、それで良かったんですけどねぇ・・・

PTAの役員をやっている時も感じたんですけど、そういう「話し合いの場」では司会者なり議長なりが「何かありますか?」と聞いても、何も言ってはいけないんですね。
「何もありません」と言うのが、正しいそういう場でのマナーなんだなぁ、って今頃判りました。
とりあえず「やりましたよ。」って履歴が残れば、それでいいんですよね。
話し合っちゃイカンのです。
はぁ、いい年こいて私ってなんて世間知らずだったんでしょ。

知らないというのは恐ろしいもので、私の場合更なる大波を引き起こしてしまいました。

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2006年07月15日

なんじゃそりゃ(怒)

先週のエントリで、我が家の長男1号アンチャンのヒッチャカメッチャカテニス日記を書いたのだけれど、その後日談。

当日、初めての「勝ち」を意識した試合で「超キンチョーしたぁ〜」という1号アンチャン。
「楽しかった」という感想が聞けるかと思いきや・・・

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2006年05月28日

デカルトだって…<脳内現象から考える>

自分が持つ五感を疑った時、そこに残ったのは「自分の意識」だけだった。
世の中なんてものは、なんて怪しいんだろう…
『虚無かも…?』
http://ojachan.seesaa.net/article/17993696.html

↑のエントリを書いた後、<脳内現象>を読み終わる頃、唯一疑い様のない存在は自分の意識だけであるというのは、デカルトがすで大昔に言っていたのだよ、と茂木健一郎さんは書いていた。
デ、デ、デ、デカルトですか、、、お名前だけは何度か伺ったことが・・・ってカンジだ。ふらふらあせあせ(飛び散る汗)

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2006年05月18日

虚無…かも?<脳内現象から考える>

茂木健一郎氏「脳内現象」より

P220 L11〜16
<私>に中心化され、<私>にしかアクセスできない、私秘的な存在としての<私>の意識、そしてその中に浮かぶ様々なクオリアは、周囲に対して開かれた客観的・公共的な存在としての物質とは、明らかに断絶している。しかしその一方で、私たちの意識の中でのクオリアは、きわめて精妙なやり方で私たちが住むこの現実の多様な側面を反映し、その消息を伝える。
つまり、意識の中で感じられる様々なクオリアを通して現実の世界を把握することが、私たち人間の生き物としての生存に寄与している。



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