2007年12月12日

打ち首が見たい???

先週、暴れん坊将軍の再放送を見ました。
サブちゃん一家の小金沢くんが出ていました。
小金沢くんを藩主のご落胤に仕立て上げた亡き藩主の側室がね、「ワラワは打ち首ってものを見たことがないから一度見てみたい」ってなことを言うんですよ。

打ち首って・・・見てみたいですか?



ミラーニューロンという言葉を始めて聞いたのは、3年ほど前。
たまったま見た、国営放送の「楽しむ最先端科学」という番組でした。
茂木健一郎という人の存在も、その時初めて知りました。

ミラーニューロンというのは、目の前の他者の行動を見て、ただ見ているだけの自分の脳が勝手に他者の行動と同じ行動を自分がしている時と同じように活発化する、ということなんだそうです。
見ている他者と同じ体験を、自分の脳は勝手に体験しちゃってる、ということになるのでしょう。

それが人間の行動の様々な場面で活かされているのだろうということは、自分の行動の様々な場面を思い浮かべれば判りますよね。

で、以前から考えていたことは、例えば目の前の他者が複数いる場合、いったい私の脳はどう活性化するんだろうか?ということでした。
打ち首の場面を見たとして、私は首を切る方と切られる方、どちらの立場を体験するのだろうか?それとも同時に両方の体験をしているのだろうか?
という疑問です。

暴力的なシーンを沢山見ると暴力的になる、というようなことが世間では言われますが、それは打ち首であったら首を切る人間の方の体験を脳がしている、ということに繋がっているとは言えないでしょうか?

暴れん坊将軍を見た翌日、会社の同僚一人に「打ち首って見たい?」と聞いてみました。
彼は以前写真週刊誌で、遠い異国の地で誘拐され首を切られたアノ事件の写真を見たのだそうです。
一週間くらいご飯があまり食べられなかったと言っていましたが、「好奇心に勝てなくて見た」のだと言っていました。

私はテレビにしろ映画にしろサスペンスは好きですが、ホラーとか、特にスプラッターは全く体が受け付けません。
見たいとは思いません。
好奇心というのは判らなくはないですが、私はアノ事件の写真も見たいとは思いませんでした。
でも世の中にはそういう類のジャンルが好きな人もいる訳です。

もしかしたら、同じ場面を見ても首を切る人間をミラーする傾向がある人と、切られる人間をミラーする傾向がある人ってのがあるのかもしれませんね。

よく、「人の気持ちになって考えろ」って言うじゃないですか。
暴れん坊将軍のアノ場面を見た時、私は誰の気持ちになっていたかと思い出せば、首を切られそうになっている町娘でしたね。
トクさん(シンさんだっけ?)か隠密の誰かが助けに来てくれないとしたら(絶対に来ることは判っていますが)、どうやってこの危機から逃れようかしら、なんて考えていたのは覚えてます。
でも、「首が落ちるところが見たい」と言っていた側室は、これっぽっちも「自分が首を落とされる」なんていうことが有り得るのだということは想像してはいないんでしょう。

劇中のセリフではありますが、そんなことを思いました。

多分私はそういう場面を見た時には「傷つけられる側」としての体験を勝手に私の脳がする傾向があるのかもしれない、なんて思いました。

傷つける方の体験をする脳より傷つけられる方の体験をする脳の方が良い、ということではないと思います。
どちらかの経験を自分の脳がする傾向はあるのかもしれませんが、やっぱり偏っているのはマズイんじゃないかなぁって思います。

でもこれって脳みそが勝手にやってることなんですよね。
マズイって言ったって、じゃぁ自分の意識でどうにかなるのかしらと考えれば・・・・・・どうなんだろうか?

ミラーニューロンの働きに偏った傾向があったとして、それが日常の行動の中で支障をきたさなければ問題はないのですよね。
支障が出るから問題になるわけで・・・

勝手に偏る脳みその働きを直接何らかの方法で修正するか。
それとも、脳みその勝手は働きはそのままで、行動という出力の際に問題が起こらないようその他の部分でカバーするか、ってことになるんでしょうか?

脳学者ではない私にも何かしら自分の傾向から出てくる問題に対処出来ることがあるとしたら、それは後者の方法ということになるんでしょうね。

ついつい首を切られる側の体験をしているらしい私の脳は、私にいったいどんな問題を引き起こしているんでしょうかねぇ???
卑屈な性格になっているんでしょうかねぇ???
悲しいかなそーゆーことは自分では判らないもんですなぁ。

そもそも、このような脳みその勝手な働きから起こる行動という出力の問題なんて無いのかもしれない。
もっと言えば、そんな傾向なんて無いのかもしれない。
第一ミラーニューロンなんんてものは無いのかもしれない。
だって、目に見えないじゃないのさ。
でも科学なんてそんなモンなのよね。

・・・なんだこりゃ、禅問答じゃないんだから・・・

結局なんだかよく判らないけど、そんなことを思った暴れん坊将軍だったのでした。

疑問と言えば、同じ白馬に乗っている上杉ガクトはなぜ兜を被らないのでしょうかねぇ???
いくら毘沙門天だからってさぁ・・・

ドラクエのCMじゃないですけど「あ、兜忘れたがく〜(落胆した顔)あせあせ(飛び散る汗)」「街に戻るわよ」「え゛〜戻るのぉ〜」なんてことを、子ども達と言っていた我が家でした。
個人的にはお美しいガクト様は兜なんて被らなくてよろしくってよるんるんって思います。
多分製作者サイドもガクト様目当ての視聴者を意識してのことかと思います。
けど、子どもの純粋な目には「ヘンexclamation」と映ったらしいですゾ。
わが国の国営放送もそーゆーことするんですねぇ。。。って思った先週の風林火山でした。
posted by チャマ at 15:05| Comment(0) | TrackBack(0) | おっ?! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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