2007年11月29日

なぜか号泣

香川県で、おばあちゃんと孫二人が大量の血痕を残して行方不明になった事件の犯人が捕まった。

そして昨晩、孫のお父さんが記者会見を行った。

「生きていて欲しかった。」
子どもを持つ親という同じ立場の人間として、被害者のお父さんの気持ちは想像することはできても、同じ経験をしていない人間として、それは想像以外の何物でもない。

記者会見なんか出来るような心情じゃないだろうに・・・
でも、介護が必要な妻の存在を考えると、沸き起こる感情に気がつかない振りをして脇に追いやるしかないのかもしれない・・・
お葬式の忙しさが悲しみの暇をあたえないのと同じように、気丈に振舞わなくてはいけない、記者会見なんてモノを開かなくてはいけないなんていう諸々の事情は、彼にとってはあまりに辛い現実から逃避する手段となり得て、その方が良いのかもしれない・・・

私の本能がミラーニューロンが働くことを恐れたのか、あまりTVを見ようとしていない自分に気付かない振りをしながら、ナンクロを解きながら記者会見の様子を「聞いて」いた。

被害者のお父さんが
「報道のみなさん」
と言ったとき、私はTVを見た。

「?!」

「ともかくばあちゃんと子ども達は帰ってきました。
 報道のみなさん、ほんとうにありがとうございました。」

そう言うと彼は深々と頭を下げた。

「ふざけんな!」
私はなぜかそう呟いた。
そしてなぜか大号泣してしまった。

いい年をして、鼻水なんだか涙なんだか判らないくらい、大号泣してしまった。





人間というのは思い込みで生きている。
欧米的な証拠主義的な思考が強くなってきているように思える現代の日本ではあったとしても、人間は東西南北関係なく、思い込みで生きている。
五感から得た情報をこれまでの経験と照らし合わせて、目の前の事象を評価・分析する。

今一緒に話している人間は、自分の発言をどう受け取ったのか。
自分のことをどう思っているのか。
相手が言葉にしていることは、本心なのか偽りなのか。

例えばそんなことを、人間は常に無意識下で行っている。

例えば相手が自分をどう思っているのかなんて、実際のところは判らないのだ。
言葉の端々や、一瞬の表情や、声のトーンや、そういうことから人間は勝手に判断して思い込む。

それを逆手にとって、本当に「コイツキライ」と思っていることを悟られたとしても、「なんだ、思い込みだったのか」と更に思い込ませるなんていうコミュニケーションスキルを使ったりもする。。。。よね?

決して言葉に出して意思表示などはしていない。
でも、相手に対して自分が思っている通りに思い込ませることが、人間には可能なんだ。
そして名言していない以上、明文化していない以上、それは「アナタが勝手に思い込んだだけ。私はそんなことは思っていもいないし、言ってもいない。」と言うことが出来てしまう。

それらの言動に「思い込ませる」という思惑があったのかどうかなんて、誰にも立証できないのだから。

それをやっているのが現代のマスコミなんだろう。
報道の自由という錦の旗の下で。。。

香川の事件では、明らかに人間の思い込みを利用した情報操作が行われていたと私は思っている。

確かに何一つ、名言はされていない。
法律上、なんら問題はないんだろう。
でも、TVから流れてくる情報のそのほとんどが一定の方向を向いていた。
流石にワイドショーなどでも、「自重すべき」というコメンテーターもいたりしたくらいだ。
コメンテーターは、明確に「お父さんを犯人扱いする報道を自重しろ」とは言わない。
遠まわしに「報道の内容や報道の仕方を考えるべきだ」という発言は、「犯人扱いなんかしていない」という反発を想定してのことだろう。

マスコミは明らかに思い込みを利用した情報操作を行っているがそれを立証することも出来なければ、法律に触れていない以上、法律では罰することも禁ずることも出来ないのだ。

法の網目とか、法の隙間とは良く言われるが、法律ってぇのは人間が社会を営み生きていくための「最低限」のルールなのだと私は思う。
法に触れていなければ何をやっても良いというのは、畜生の考え方だと私は思う。

子ども同士のケンカで「いつどこで何時何分何十秒ぉ〜何丁目何番地で言ったぁ〜?!」と屁理屈をこねるのと良く似ている。
なんでもかんでも明文化し法律で定めなければ人間らしい生活が営めなくなってきているんだとしたら、人間性という人間しか持っていない特性が薄れてきている証拠ではないんだろうか。

マスコミ報道は、そんな証拠主義と思い込みをうまく利用しつつ、情報操作をしている。

そのマスコミに対して、香川のお父さんは
「ホンマ、ありがとうございました。」
と言ったのだ。
「お陰でばあちゃんと子ども達が帰ってこれました。」
と言ったのだ。

アンタ、何言ってんのよフリーダイヤル

・・・・・・・・・・たらーっ(汗)たらーっ(汗)たらーっ(汗)もうやだ〜(悲しい顔)

そう言われた取材陣の中で、「お母さんは仕事を掛け持ちして、立ちっ放しで一日十何時間もの過剰労働をしていましたが、なぜそんなに働かなくてはならなかったんですか?」と聞いたヤツがいた。

報道の中には、お母さんの介護をするためにお父さんは働いておらず、おばあちゃん一人で生活を支えていた、という報道があったから、「おばあちゃんがお金に困っていたのはあなた方夫婦が働かなかったからじゃないのか」という意味合いがあった(質問者は当然言葉になんて出してそんなことは言わないけど)ように受け止められた。
質問者の語気が強かったこともあって、私はそう思い込んでいる。

「お前は正義のヒーローにでもなったつもりかちっ(怒った顔)

私はダラダラと涙と鼻水を垂らしながら、ずっと繰り返し「ふざけんな」と呟いていた。

「ふざけんな」の中身は実に複雑な思いが詰まっている。

あそこまでヒドイ扱いを受けたのに「ありがとうございました」なんて言うお人よしがどこにいる!人が良いにも程があるだろう!!という思いからの「ふざけるな」

お父さんの行動が予測も理解も出来ないってことは、自分が同じ立場に立たされた時、お父さんのような謙虚な行動は私には天地がひっくり返っても出来ないんだろうという、自分に対しての「ふざけるな」

自分の子どもが死んでしまったのに、「ありがとうございました」って何なのよ、という「ふざけるな」

そんなお父さんに対してまだ追い討ちをかけるマスコミに対して怒りを込めての「ふざけんな」

などなどなどなど・・・

現代人特有のボキャブラリーの無さ、と言われればその通りだが、誰に意思伝達をする必要もない場面なのだから、それで良いじゃないか。

この先、もしかしたら事件に新たな展開があるのかもしれない。
マスコミの操作が正しかったなんてことになるのかもしれない。
でもね、現時点ではマスコミの操作は全く間違っていたのよ。
死者にムチ打ったり、遺族被害者にムチ打つような行為までして手に入れたい情報なんて何もない。

虐げられても、それでも「ありがとうございました」と言えるような人間に私はなれるだろうか。
怒りを表出することなく、理不尽な質問に受答えられるような人間に私はなれるだろうか。

私があと何年生きられるのかは神のみぞ知るだけれど、香川の事件のお父さんの言動が予測・理解できるような人間に私はなれるだろうか。

なんかこの頃、TVを見ては泣くことばかりだ・・・
チョット心が弱りつつあるような気がするのは気のせい???
posted by チャマ at 16:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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