2007年10月19日

静かなまぼろし

るんるんむぅかしぃのこぉいを〜〜なぁつぅかぁしぃくぅ〜おもうのはぁ〜〜〜
いぃまのじぃぶんがぁ〜〜しぃあぁわぁせぇ〜だぁからぁこぉそぉ〜〜〜カラオケ


「昔の恋をなつかしく思うのは
 今の自分が幸せだからこそ」

いつの頃からか、昔を思い出したりした時、最後はこのフレーズを口ずさみ〆る、というのが私の定番になっています。
人生折り返し地点の今だから?
イヤイヤ、結構若い時分にもそうやって締めてきましたっけ。
それだけユーミンのこの「静かなまぼろし」という曲が古いってことでもありますが、ま、ざっと30年程前の曲でさぁねぇわーい(嬉しい顔)あせあせ(飛び散る汗)

「喉元過ぎれば火もまた涼し」と言われるように、事件が起こっている現場に置かれているその時はどん底のズンドコであっても、それが過去になった時には笑い話や懐かしい話になっている、ということですよね。
難しい学問はさて置いても、そういう経験を恐らく万人がしているのだろう、と思います。

放送大学の今年度後期もまた、何も履修しなかった私ですが、「人格心理学」のテキストだけは買いました。
タダの読み物としてでも、マジおもしろいっす。
そしてそこには、「喉元過ぎれば・・・」ってぇのはどういうことか、というようなこともまた、書かれています。



「私たちが現実を経験するのは、常に私たちが現実に対して与えられる意味を通してであり、現実そのものではなくて、解釈されたものとして現実を経験する。」

こうテキストにはあります。

ユーミンの「静かなまぼろし」(歌詞)は、ただ喫茶店だかレストランだかに男性が一人入ってきた、ってだけの話です。
そして、この男性の元カノである彼女はこの歌詞のようなことを思う訳ですが、その他大勢のお客さん達は、なぁんにも思わない訳です。
彼女の記憶の中にはざわざわする心の感覚と共にこの日のこの光景が焼きつくのでしょうが、その他大勢のお客さん達は、なぁんにも記憶に残ることはないのです。
彼女のような強烈なインパクトは受けないからですよね。
受ける理由を持ち合わせてはいないからですよね。

まったく同じ状況下であっても、それらをどう捕らえるかは人によって違うのです。
それは、人によって経験してきたことが違いますし、人によって意味づけが異なる訳ですし、そうなると当然解釈が違うのです。


この歌詞の彼女と同じ状況下におかれたとして、心が全然ざわつかない、という人はいないんじゃないでしょうか。
でも、ざわつきの程度は、人によってかなりの差はあるんだろうと思います。


この出来事から何年かして、彼女はこのお店での出来事を思い出すのでしょう。
一度ならず、彼女が人生を終えるまで、恐らく彼女は何度かこの出来事を思い出すのだろうと思います。

同じような経験は、恐らく私だけではなく誰にでも起こっていることだろうと思われます。

時間を置いてからこの出来事を思い出した時、彼女のこの出来事への思いは「静かなまぼろし」を見たその時と全く同じでしょうか?
同じかもしれないし、違うかもしれない。

更に時間が経ってから思い出した時、彼女の思いは静かなまぼろしに出会った時と、前回それを思い出した時と、それぞれの時と全く同じでしょうか?

恐らく違うんだろう、と私は自分の経験から思います。

それはなぜか・・・

同じ過去の出来事を思い出したとしても、それを思い出した時の自分が少しばかりであってもその出来事が起こった時や、前回思い出した時とは明らかに違うからです。

同じ出来事を
「ワァ〜、思い出しちゃったよぉ〜ふらふらバッド(下向き矢印)」と凹むのか、「あぁ、そんなこともあったっけねぇ〜わーい(嬉しい顔)」と笑って受け止められるのか・・・

この違いは「思い出している現在の自分の状態」にあるんだろう、ということです。

ざわつきの程度の違いや思い出した時の受け止め方の違いの原因は、根本にある「恋」そのものの質や中身などの違いは当然ありますが、もう一つ、それを思い出した時の「自分の状態」が大きく影響します。

昔の恋をなつかしく思うのは
今の自分が幸せだからこそ


なんですよね。

今の自分がズンドコのヘロヘロであったなら、昔の恋なんてなつかしいどころか津波のごとくすでにヘロヘロの自分を押しつぶすことは経験上大請け合いです。

そんな思い出のWアタックに押しつぶされた経験もまた過去になり、後日「ああ、あんなこともあったっけ・・・」なんて記憶を想起したりするのであります。
そんな記憶を想起している自分はどんな姿をしているのでしょうかねぇ???

一つの事実に対する解釈が人によって異なるように、過去の出来事に対する解釈はその人の思い出した時の状況によって異なります。
解釈が異なるということは、その過去の出来事の事実認識もまた異なる、ということです。
同じ恋愛一つをとってみても、ある時は「素的な恋だった」という認識になりますし、ある時は「あれは疲れた恋だった」という認識になったりする訳です。

全く同じ一つの事柄に対して、人生の時々で思い出しては解釈をし直し、事実を認識し直していく。
そして現在の自分を確認し、次の瞬間からの自分の方向性を決めていく。
そうやって人は過去を現在に取り込みながら未来へ進んでいくんだろう、なぁんて思います。

自分の身に降りかかった現実は、良いことであれ悪いことであれ、確実にそれ以降の自分という存在に影響してきます。
逆を言ったら、今の自分というのはそういう過去を持っているからこそ存在しているのだ、ということです。
どんなに辛い過去、悲しい現実であっても、それを取り払ってしまうことが可能だとしても、そうしてしまったら次の瞬間から違う人間になってしまいます。
どんなに辛い過去、悲しい現実であっても、未来の自分の状態次第でそれらは「なつかしい過去」という肯定的な過去に出来る能力を人間は備えているのです。
生きている限り、そうできる可能性がある訳です。

人間万事塞翁が馬
とか
禍福は糾える縄の如し
ってぇのは、そーゆーことなんだろう、って思います。

悲しい過去や苦しい過去、辛い過去は、時折思い出せば良いのだろうと思います。
思い切り忘れ去ってしまっても良いのだろうと思います。

WBCのベルトを防衛した内藤選手がなぜあんなに大人の対応が出来るのかと言えば、彼自身が徹底的に追い込まれた経験を持っているからこそなのだろうと思います。
でも、もし彼がボクシングをしていなかったら、チャンプにならなかったら、「今は友達」と言っている昔彼をボッコボコにした人たちは果たして友達になんてなったんでしょうか?
「昔イジメられっこだった」なんてことを人に言えたんでしょうか?

重たい過去を軽くできるのは、現在の自分の状態でしかありません。

書き出した歌詞は、曲の一番最後のフレーズです。
同じフレーズは何度か出てきますが、この歌詞にだけ、最後にオマケがついています。

「もう忘れて」

これは誰に言っているんでしょうか。
彼・・・じゃないですよね。
恐らく自分自身に言っているんでしょう。

忘れようと試みても、自分に何度言い聞かせても、忘れたことを思い出す。
それが過去ってもんなんでしょう。
そしてそんなことをくり返しながら、人間は自分を随時更新し続けているんでしょう。

静かなまぼろしは人生のところどころに、ふいに突然現れたりします。
そんな時、なつかしいと思えるように、私は今日もがんばって生きているように思います。

穏やか人生、イケイケな人生、いろいろな人生があるのだろうと思いますが、自分が居心地が良い人生を送るために、やっぱりどうやっても人はがんばって生きているんだろうって思います。

喉元過ぎれば火もまた涼しいのは、喉元というリアルタイムを過ぎたから、だけではないんですよね。
涼しいを感じられる状態でなければ、火はいつまでも熱いのです。
火がいつまでも熱いと感じられるのであれば、それはいつまでたっても、時や場所や立場を変えたとしても、自分の中ではリアルタイムなのだ、ということなのかもしれません。

だからこそ
「もう忘れて」
という最後のワンフレーズが必要なのでしょうね。

そうやって自分という存在を肯定的に確認できないと、人間って生きるのが辛くなっちゃウンでしょうね。

明日いつかの静かなまぼろしを見ることになったとして、私は自分を肯定的に確認できるんでしょうか?

・・・・・・・

ウン!今のところ大丈夫わーい(嬉しい顔)手(チョキ)


10/23
オマケの追記

毎度のごとくで恐縮ですが、結局何が言いたいんだい?ってカンジなので、放送大学のテキストから抜き出してみました。

「 自己のアイデンティティの根拠となる想起される自己は、想起する時点における過去の解釈に依存している。すなわち、現時点における意味づけの文脈に依存している。ゆえに、過去の出来事に対する意味づけが変わることは、経験を意味づける文脈として機能する自己の変容を意味するといえる。逆に言えば、経験を意味づける文脈として機能する自己に変容が生じたために、過去の出来事に対する意味づけが変わるのである。」

そして
「自己のアイデンティティは自己物語として保持されている」
のだそうで、ということは、自己物語もまた、随時更新されて書き換えられている、ということですね。
posted by チャマ at 13:37| Comment(0) | TrackBack(0) | いろいろ考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。