2007年03月09日

親ってヤツは・・・

ハタと気付けば、前記事は思い切り脱線してしまったのでした・・・ふらふらあせあせ(飛び散る汗)
いやはや、昨今のウップンが一気に噴出してしまい、なんだか全然別の方向に・・・新幹線

書きたかったのは、子どものこと。
オンナである私が育てているムスコのこと。

直前エントリでも書いたとおり、私は母子家庭で妹と育った。
結婚当初の予定では、女・男・男・女の順番で4人の母親になる予定だった。
ところが最初に生まれたのは「男のお子さんですよぉ〜」だった。
・・・・・・最初から・・・・・
ま、いいか。
そして二番目。
「まぁ〜、おとーさんに似て色の白い男のお子さんですよぉ〜」
・・・・・・・・・おとーさんに似てだけ余計じゃYちっ(怒った顔)

そして我が家は打ち止めとなった。
おとーさんの従弟には4人の息子を持つというツワモノもいるのだが、我が家の場合、家庭事情が異なる故、こればかりは真似をしたくても真似できないのである。

こうして私は我が家の「女王様」として君臨することとなった。



子ども達と一緒に過ごす時間は、まるで「キリギリス」だった。
毎日毎日、ブーラブーラ遊んでばかりいた。
おとーさんはと言えば、次男坊が生まれても尚、オムツの置き場所すら知らないようなヤツだった。
子どもと遊ぶといっても、いったい何をしたら良いのかさっぱり判らない様子で、一度長男1号を公園に連れて行ってもらったことがあったけど、翌日その公園の前に住む奥さん仲間に言われてしまった。
「ご主人、相当疲れてるのね。1号チャン遊ばせてベンチで寝てたわよ。」
・・・・・・・・・・・がく〜(落胆した顔)

そんなヤツが子育てに目覚めたのは、次男坊2号が不登校になったからだ。
2号が登園拒否になった当初、おとーさんはまったく我関せず、といったカンジだった。
というよりも、私が必要としていなかった、というのが本当のところだ。
それまでがそれまでだったから、子どもにナニカが起こったとしても、私の中で主人に何かをしてもらう、という考えは全くなかった。
おとーさんは彼なりに、考えていたことはあったんだろうと思う。
でも、私には相談したり、おとーさんの考えを聞いたりするような気はサラサラなかったんだろう。

ある時、学校の隣りのクラスのベテラン先生に言われたことがある。
「お母さんとお話していても、お父さんの姿が見えてこない。」

この頃には、随分とおとーさんと話し合ったりしてはいたけれど、それでもその一言はガツンときた。

私じゃダメだどんっ(衝撃)
初めてそう思った。
私たちの子どもは「息子」なのだ。
オトコなのだ。
オンナの私じゃダメだがく〜(落胆した顔)あせあせ(飛び散る汗)

やっぱり息子はオトコなのだ。
オンナの私の考え方を押し付けても、無理なものは無理なんだろう。
その時から、やっとそう思えるようになった。

にも関わらず、やっぱり私は女王様なのだ。
気が付くと、自分のオンナ流の考え方を息子たちに押し付けている自分がいる。

今日、会社の少し年下の同僚お父さんとそんなことを話していた。
彼の家は女の子が二人。
彼の家ももう打ち止めなのだそうだ。

ウチの1号アンちゃんと彼は、チョット似ているかもしれない。
クルマが好きで、ガンダムが好きで、優しいと言えば優しいけど、時々「exclamation&question」と思うくらい冷たい言い方をする時がある。

「1号アンちゃんさぁ、どーしてもコレ!っていうモノが見つけられなくてさぁ。なんつーの、熱くなれないっていうか、知らないっていうかさぁ・・・どーしたもんかねぇ」

なんてボヤク私に、娘二人のお父さんは言った。

「オレだってそーだったですよ。
 ガンプラとかチョー好きで、友達に頼まれて作ったりしましたけど、それだってどっかで『これが出来たからってどーなる?』って冷めてたところあったしねぇ。部活もそうだし、高校だってガムシャラにやらなくてもココならいいや、って決めちゃったんだ。
 やっときゃ良かったなぁって思ったのは25・6歳くらいになって、やりたいことが見つかった時でしたよ。
 チャマさんはどーでした?中学生の時に夢中になってたモノあります?」

「ある、部活。
 これが出来たからってどーなる?なんて全然思わなかった。
 ただ、やりたいからやってた。だからってプロなんて絶対なれないって判ってたけどねぇ〜。」

・・・・・ひらめき

「そーか、これがオトコとオンナの違いかぁexclamation&question

と思った次第。

あまりにも短絡過ぎる結論ではある。
ただ単に、私と会社の同僚との人間としての考え方の違いであって、たまたま私がオンナで同僚がオトコだったってだけのことかもしれない。
でも、私には
「ただ単に好きだというだけで夢中になれるオンナ。チョー好きなことなのに将来を見てしまってどこか冷めているオトコ。」
というのは、それぞれの性が持つ特性だと思えるのだ。

女の子に将来の夢を聞いても「社長さん」と答える女の子はあまりいないだろう。
ウチの2号坊ちゃんのように、保育園の未満児の頃から夢は「世界一の大金持ち」という女の子はお目にかかったことがない。
「大金持ちのお嫁さん」くらいはいるかもしれないけどるんるん

女性は現実的だ、というのは、将来どうなるかが相手次第で変わってしまうことがどこかで判っているからではないんだろうか。
どうなるか判らない未来よりも、今ある現実を大切にするのではないだろうか。
その一方で、男性は将来の姿はどうありたいのかを模索し続け、見つけたら最後、その姿を実現するために現実はあまり重要視しないのではないだろうか。

将来を決めた時、女性は逆算して「その時まで」を計算するのだと思う。
方や男性は、、、計算なんてしないのかもしれない。
ただガムシャラに「いつか」を想うのかもしれない。

私は1号アンちゃんに何か夢中になるものを見つけて欲しくて焦っていたように思う。
そういう経験が彼には不足している!と思っていたからだ。

でもあまりヤイヤイ言うことも彼を追いつめることになるような気がして、最近では「こーゆー人間なんだなぁ」と理解するようにした。
別に夢中になれるものが無くても、人間困らずに生きていかれるじゃないか。
私は何を焦っていたんだろうか・・・ふらふら
なんて思っていた矢先だった。

やっぱり息子にとっては大きなお世話だったのだ。
来るべき時が来れば、彼にはきっと見つかるんだろう。
例え見つからなくても、それはそれで幸せに暮らせるのだから、別にそれでいいじゃないか。

親というのは、どうしてこれ程「バカの壁」が判らなくなってしまう生き物なんだろうか。
自分の正解を子どもに押し付け様とする生き物なんだろうか。

会社の同僚は
「オレも自分の子どもにはそうなっちゃうんだろうなぁ・・・」
と言っていた。
う〜ん、多分キミなら大丈夫だと私は思うよ。

きっとウチのおとーさんも、私にこんなことを言いたかったんだろうなぁ。
我が家の女王様は裸の女王様でした、というオチか・・・

こりゃも少し痩せねば、恥ずかしくて外を歩けんゾがく〜(落胆した顔)ブティック
posted by チャマ at 21:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育、とか? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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