2007年01月01日

年末特番

毎年の事ながら、年末になると「今年の重大ニュース」的な特番がめっきり増えます。
今年は必ずと言ってよい程、いじめ問題が取り上げられていましたが、それら特番の出演者達が何らかの方法で
「死んじゃダメ!」
というメッセージを聴視者に送っているのが印象的でした。






遡ること約2ヶ月。
11月3日の早朝だったか深夜だったか・・・いずれにしろ三連休のどこかだったと記憶しています。
我が国、国営放送教育チャンネルで、水谷修氏の特集番組を再放送しておりました。
水谷修氏というのは、「夜回り先生」と呼ばれている方ですね。

ぶっちゃけた話、私は夜回り先生もヤンキー先生もよくは知りません。
夜回りをし続けている先生がいる、元ヤンキーだった先生がいる、世間では有名なんだ、その程度の知識しか持ち合わせていませんのです。
特に興味がある訳でもなく、特に本を読んだ訳でもなく、特に何かを期待している訳でもなく、おぎやはぎの如く、「なにか?」ってカンジです。

余談ですが、長男1号の小学校の頃の担任の先生は元ヤンキーでした。
勉強のできるヤンキーだったそうで、ここら辺では偏差値が一番高い高校に入学されたそうですが、開校初のヤンキーだったらしいです。
その次の担任の先生は、サンデーレーサーでした。
今でもGT−Rに乗っていらっしゃるでしょうか?
両先生共に、大変優秀な先生でいらっしゃいました。

人間誰しも過去を持っています。教育を変えたいと、安定した教員の職を辞して議員さんになられた先生もいらっしゃいました。
ですから、○○先生などと言うこと事態、そんなに大袈裟に騒ぐことなのかしら?と、私のようなへそ曲がりは思ってしまう訳で、逆に胡散臭さを覚えてしまうのです。

そんな訳ですから、夜回り先生の特番を見る気はサラサラ無く、かと言ってさっぱり寝付くことも出来ず、他におもしろそうなモノが無いから仕方無いかぁ、といった程度で夜回り先生の温和そうに見えて実は眼光鋭いご尊顔を拝見していた訳です。

私が見た特番は2つで、1つは途中からでしたが「薬物」を取り上げていました。
壮絶でしたね・・・
ウチの長男1号あんちゃんと対して違わない、同世代の子ども達の話とは到底思えませんでした。
シンナー中毒の子が、トラックのライトを掴むようにして飛び出して死んでしまう。

「光」に象徴される何かを掴もうとする・・・シンナーで朦朧とした意識であっても彼はそんな行動をとったのですね。
意識が朦朧としたからこそ、無意識に押し込められた素の彼の姿だったのかもしれません。

大きな特別な何かの問題を抱えていなくても、思春期なんてのは、なんだかわからなけど「光」を掴もう、ここから抜け出そうとする時代、そんな気もします。

大人になってすっかり忘れてしまっていたけど、自分にもそんな時期があったような、出口というか希望の光というか、そういうものを探していた時代があったような、思い切り胸をしめつけられて号泣してしまった私です。

彼の骨は薬物によってボロボロで、大腿骨さえも箸でつかめなかったそうです。

現代の若者は、身体に墨を入れることを「タトゥー」をいうファッションにしてしまっています。
海外の映画の影響でしょうか、マリファナや大麻はアメリカの若者はフツーに、日本の高校生がタバコを吸うくらいの感覚でやっているのだと思っているようです。
耳に、唇に、ヘソに、アッチにコッチに穴を開けます。

「五体満足であればそれでいい」
子どもが生まれる時に人はいいます。
でもね、五体満足で生まれるなんてことは、最高の状態なんですよね。
それ以上の一体ナニがあると言うんでしょうか。
五体満足で生まれて、周りの人間がどんなに喜んだと思っているんでしょうか。

水谷氏は特番の2つめの中で言っていました。
リストカット⇒アームカット⇒ボディーカット⇒フェイスカットの順で悪い状態なのだ。フェイスカットまでくるとかなりマズイ状態だと思っていい。
今の若者がやっている耳に幾つもの穴をあけたり唇・鼻などに開けているピアスの穴はフェイスカットと同じなのだ。


そしてこうも言ってました。
リストカットは止めさせてはいけない。
彼らはそうやってやっと逃げているんだ。
逃げ場がなかったら死ぬしか無い。
リストカットの原因を解決しなければならないのだ。


高校の時、倫理社会の先生が言ってました。
「自傷行為というのは、死の恐怖がある人間にはできない」

タトゥー・ピアス・リストカット
これらは全て同じ心理からくるものなのかもしれません。
そして高校の時の倫社の先生が言っていることを借りれば、それらの行為をしている人間にはもはや死の恐怖は無い、ということです。

ピアスくらい・・・
それは「タバコくらい・・・・」「シンナーの一回くらい・・・」
それと同じことなのかもしれません。

ピアスというファッション
タトゥーというファッション
今ではリスカというファッション、かもしれないですよね。

「自分はこれだけワルなんだ」
「自分はこんなに辛いんだ」
それらのファッションは強烈に「自分」をアピールしているように思います。

「私を見て」「オレを見て」

・・・・・・・・

人間はどうしてこんなに他者に頼らなくては生きていかれなくなってしまったのでしょう?

賞味期限を過ぎたら味も見ずに捨てる。
そんな現代人は、賞味期限に頼らなくては食生活を営めません。
それでいいのか?

だからと言って自由奔放に野山を駆け回れば良いってもんじゃない。
サバイバル生活を体験すれば良いって訳でもない。
それらは全くもって賞味期限と同じモノでしかないのですから。

さて、大人としてどーすればいいんでしょうねぇ・・・

今年の年末には、「死んじゃダメ!」なんてメッセージが流れない年末特番であって欲しい。
そう思いました。

新年早々、重い話ではありますが・・・
posted by チャマ at 15:45| Comment(0) | TrackBack(0) | いろいろ考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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