2006年10月12日

不登校卒業(仮)---その3---

運動会というタダのイベントをきっかけの主軸にして、今日も元気に学校に走って新幹線行った2号ですわーい(嬉しい顔)あせあせ(飛び散る汗)

なんせホラ、2号にとって登下校は「筋トレ」ですからわーい(嬉しい顔)あせあせ(飛び散る汗)

登下校=筋トレ という発想は、私が2号に植え付けた発想です。
野球が上手くなりたい、来年はリレーの選手になってやる!という気持ちが彼になかったら、自分は悪くない・ボールを捕れない・ズルをするアイツが悪いんだからと自分を納得させてしまっていたら、私がいくら「毎日歩いて学校に行っている人間と自動車に乗って送迎してもらっている人間が同じ筋力な訳がない」なんて理屈を捏ねても
「それが何か?」
の一言で終わってしまつたんでしょう。

捕れないファーストが、ズルをしたアノ子が、そりゃ確かに悪い。
でもそう片付けてしまったら、何も解決することもないし、自分にとって何が残るのかと言えば、恨みつらみだけじゃないんでしょうか。
それでアナタが幸せならばそれもまぁ宜しい。
でも私なら、ファーストが取れるボールを確実に投げられる技術を自分の身に付けたいと思うし、ズルなんてできないくらい速く走ってやる、と思うゾと。
誰のためでもない、自分のために。

恨みつらみは誰のためにもならないければ、増してや自分のためにもなりません。
なんの肥やしにも腹の足しにすらなりゃしない。

危機を機会に換えるには、恨みつらみではなく、自信が必要なんだろうと思います。
そして今の彼には自信があった。
例えば、練習すればもっと野球が上手くなれる自信。もっと速く走れる自信。
だからあれだけネックになっていた「歩いて登校する」という危機を「筋トレ」という機会に変換することができたんだろう、そう思います。
こーゆー変換?が一番大切だったんだろうな、って思います。


もともと彼は自信家なんですよね。
だからチャレンジャーだしプライドも高い。
それを木っ端ミジンコに打ち砕かれてしまって、不登校をしている時はずっと
「そんなことやっても無駄。無理。やだ。」
という姿勢でいました。
それを、エンピツを持って字を書く、というところから、根気良く「そーじゃねぇぞ」と教えてくれたのが中間教室の先生でした。

小さなことからコツコツと、元々人一倍に旺盛な好奇心と探究心を持っている子ですから、本当にコツコツとチャンレジ精神を取り戻し、自信を取り戻し、実を伴ったプライドを取り戻していったように思います。

実を伴わない、口先だけや虚勢を張った自信やプライドは、自分自身を追い込むだけだと思えます。
そんなハリボテ製のまがい物では、多分いつか壊れてしまうんだろうと思います。

そういったことは野球にも影響していて、様々な場面で「おexclamation&question」と思える2号選手が見られます。
先日、、、丁度運動会の練習が始まった頃でしょうか?
練習試合で2号選手は見逃しの三振をしてしまいました。
それは誰が見ても「集中していなかったため」と言えるものでした。
次の打順でレフトオーバーのホームランを打ったものの尾、試合後、監督からデカく怒鳴られてました。
「いつまでも5年生気分でいるんじゃないちっ(怒った顔)むかっ(怒り)パンチ爆弾

翌週でしたか、隣り村の大会で優勝したオラがチームは、祝勝会なんつーものをやりました。
その席で監督が私の横に来ていいました。
犬「オレは初めて2号を怒鳴ったよ・・・」
猫「今までは怒鳴りたくても怒鳴れなかったですよね?」
犬「そーなんだよ、おか〜さん。やっと怒鳴れるようになったなぁ〜」
猫「ありがとうございます。お陰様でなんとか。
   これからはもうガンガンやっつけちゃってくださいね。」
犬「あはは、そんなに怒鳴られるようなことされても困るんだけどね〜。」

それまではどうも様々なことが「負のスパイラル」といった感があったのですが、今は逆に様々なことが「正のスパイラル」といった感があります。
一つのことが別のことに良い影響を及ぼし、更にそれがまた別のことに良い影響を及ぼし・・・といったカンジです。
不登校をしていた時は、それらが逆に悪い影響を及ぼすばかりだったように思います。

自分自身の登校拒否を振り返る時、実家の母は言います。
「アレがよかったから学校に戻れた、コレがよかったから・・・」
私は言います。
「タダのタイミングだったと思うよ。
 クラスが変わって、担任が転任して、近所に引っ越してきた子と同じクラスで友達になれて・・・じゃなかったらずっと行かなかったと思うもん。」

でも本当はそれだけじゃないんですよね。
担任に反発し、担任の言いなりなって今までとは全く違う人たちになってしまったクラスメートを横目で見て、でも本当にそれだけだったんだろうか?
忘れ物ばかりして毎日叱られていた自分がいる。
叱られたくないと思えば思う程、大事な場面でやらかしちゃって結局余計に叱られたり厭味を言われる自分がいる。
担任から贔屓されている人たちを横目で見ながら、羨ましく思っている自分はいなかったんだろうか?
自由勉強なんだからやらないのも自由でしょ、なんつってやらなかった自分は本当に非がなかったんだろうか?

多分、その答えは自分自身で判っていたんだろうと思います。
自分がどうすれば良いのかも判っていたんだろうと思います。
でも今更できないって意地を張っていたのか、そうさせる担任が悪いと自分を納得させようとしていたのか、いずれにしても、判っていたんだと思います。

だから、学年が変わった時、それらをリセットした自分がいた。
リセットというか、同じ過ちを繰り返して自分で自分を自分ではどうにもならない辛い状況に追いやることがないようにした、ということなんだと思います。

確かに担任は嫌なヤツだった。
大人になった今考えても「アンタおかしいよ」と思うことが満載だった。
でもだからと言って自分のすべてが許されるかと言えば、そうじゃない。

今だから思うのは、ソレはソレ、コレはコレ、ってこと。
みそクソ一緒にして考えると、ロクな結果が得られないってことを知った。
みそクソ一緒にして考えている限り、負のスパイラルは断ち切れないんだろう。
負のスパイラルの中にいる限り、危機は危機のままでしかないんじゃないか、なんて思ったりもします。


一番大切なことは
「自分はどうしたいのか」
ということだと思います。
こう言ってしまえば簡単ですが、案外人間なんて自分が本当はどうしたいのかなんてちっとも判ってないんだろうって思います。
だって、それが判った時、自分が深く傷つくことがあることを判っているのでネ。

でもそうやって傷つきながら乗り越えない限り、次のステージは見えないんだろうって思います。
いろいろな理屈でもって自分を納得させることは簡単ですが、それが自分の本意で無い限り、自分が辛いだけじゃないんだろうか、なんて思います。
だからこそより一層納得するために、声高に声を荒げるんじゃないのかな、なんて思います。

かく言う私もブログでこんなことを書いてるってことは、そうやって自分の歩んできた道を自分に納得させるために書いているのかもしれませんね。

ま、なんでもいいんじゃないですか。
自分を納得できようができまいが、本当に心の底から幸せならネわーい(嬉しい顔)

我が家はとりあえず、不登校を卒業した(仮)ことで、家族・親族・周囲の皆様そろって喜んでおります。
涙ながらに「行きたいんだ」と訴えた学校は、果たしてこれから2号クンにとってどう移って行くんでしょうか?
ある意味楽しみでもありますね。

そして我が家では、やっと2号が元気になったかと思いきや、今度は1号アンチャンにトラブル発生です。
ついでに2号のクラスでも不穏な空気が保護者の間で流れているらしいです。

せめて一週間・・・穏やかな日を私にくれないかい?
ま、いいですけどね。
ずっと前から会社からは自宅待機を言われていますんで、暇っちゃぁ暇ですよ、どーせもうやだ〜(悲しい顔)
posted by チャマ at 12:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 不登校を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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