2006年10月12日

不登校卒業(仮)---その2---

行ったり来たりだった5年来の不登校から、どうやら脱した感のある我が家の次男坊2号です。
でもまだ判りません。
未来は誰にも判らないのですから・・・
だからタイトルも「不登校卒業(仮)」なのです。
それに彼には前科があります。
2年生の時、一年間フツーに登校していながら、3年生の時にはまたまた不登校に戻ってしまいましたからね。
あの時とは事情が全く違いますが、それでも判らないです。

これから先、もしかしたら「学校に行きたいけど行かれない」不登校ではなく、「学校に行かないことを選んだ」登校拒否になるかもしれません。
それが心底息子が選んだ道だと言うのなら、親と言えども他者には何も言う資格などないのでしょう。
ま、そうなったらそうなった時のことですけどね。

さて、リレーの選手になれなかった韋駄天自慢の2号クンです。
母は思いました。
「あ〜あ、やっぱり1年生の時にドタキャンしなくちゃよかったのに・・・もうやだ〜(悲しい顔)
と・・・・・

でもココは一番、親としてそんな過去のことをグチャグチャ言っても腹の足しにもならないのです。
一通りの不平不満言い訳屁理屈を聞いた後、
「そんなの当たり前じゃん。学校に行ってた子とアナタとじゃ鍛え方が違うのさ。」
と、ぶちかまします。

大人は年を食っている分ズルイので、2号選手が何よりも大好きな、そして上達を熱望している野球というエサをぶらさげます。

幸いなことに、オラが村唯一の高校からその昔(大昔)プロ野球選手になった方がおりまして、その人は隣の村からオラが村まで峠を越えてチャリ通していたと聞いています。
それも足に重りをつけて・・・
甲子園にも行ったのだそうです。
私が子どもの頃の話でよくは知りませんが・・・

そんな人まで登場させて、歩いて登下校することの大切さを息子に力説します。

運動会の練習が始まってしばらくは、今まで通りに中間教室にまず行きました。
そして練習の時間に合わせて、中間教室の先生が学校まで送迎して下さいました。

当初はリレーしか出ないexclamationと言っていたらしい2号ですが、リレーの選手にもなれず、でも「運動会の練習が始まったら学校に行かれると思ってた」ためでしょうか、他の種目にも出る気になったようです。

そんな日が2・3日したある日、中間教室に連絡せずに一日中学校に、それも運動会の練習以外は教室ではなく「心の相談室」にいた、という日がありました。
私達親も中間教室の先生も、学校に行くにしても教室ではなく心の相談室にいるのであれば意味が無いと思っておりましたので、それはビックリ仰天な出来事でした。
ここでまた以前のような「心の相談室登校」になったのでは何の進歩もないですし、だったら学校になんぞ行かず中間教室に通っていた方がずっとも良い、と思えるからです。

これには中間教室の先生もご立腹だったようです。
だって、2号は「連絡して中間教室に帰る」という約束を破ったんですからね。
その日の夜、早速電話があって叱られていたようです。

次の日、珍しくおとーさんが日勤でしたので、中間教室まで2号をクルマで乗せていってくれました。
しばらくして電話があって
「今日は中間教室には行かないで一日中学校にいることになった。帰りは歩いて帰ってくるってさぁ。」
・・・・・・・・・・・・・exclamation&question

朝2号を連れて行くと、中間教室の先生が言ったそうです。
「今日の時間割はどうなってる?
 ・・・・・・そうか。
 こんなに飛び飛びに練習があるんじゃ行ったり来たりできないから、このまま学校に行きなさい。これからはまとめて授業の時間がある時以外は先生は送ったりしないからな。朝の全校練習もあるんだから、明日から直接学校に行きなさい。」
とおっしゃったそうです。

そりゃそうですよね。
練習と練習との間が授業と休み時間合わせても1時間もないんじゃ、連れて帰ってきて送って行くだけで、中間教室では何もできません。
連れてくるだけで意味無いじゃんってなもんです。

これがいろいろなことのタイミングの3つめ、と言って良いと思います。

そんなことから、次の日からは学校へクルマで乗せて行くことになりました。
下校は歩いて帰ってくる、と本人が言いますので、朝だけマックってなカンジです。
授業の時間をどうするかは、担任の先生に一存ということになっていました。
心の相談室に行くのか、授業を受けるのか・・・
算数は中間教室でガンガンやっているので、授業に出ることに不安はなかったのですが、如何せんその他の科目は2号にとって未知の領域とも呼べるもので・・・
それでもナンダカンダ言いながら、「今日は理科に出た」「社会に出た」「書写なんかやっちゃったよぉ〜」ってな具合に、思っていた以上にいろいろな科目の授業に出たようでした。
虫とか草花とか魚とかが大好きで、あの年齢にしては人一倍ワイドショー通ニュース通の2号ですから(一番好きなTV番組は「世界まる見え」ふらふら)、それらの授業は出てみれば案外楽しかったらしいです。

担任の先生は雑学博士のような先生で、実にいろいろな事を良くご存知です。
それをまた子ども達に話してくれるらしく、2号にとっては「動く世界まる見え」「しゃべる百科事典」ってなもんで、毎日様々な知識を先生から授かってきます。
そして理科の先生も聞けば何でも答えてくれるそうで、「どちて坊や」(アニメ「一休さん」を参照してくださいネ)の2号には最強コンビなのだそうです。

これがいろいろなことのタイミングの4つめ、かな。

朝学校に送って行った日数も、ほんの2・3日だったと思います。
たまたま我が家の長男1号アンチャンが、朝の部活が無い日があり、「一緒に歩いて学校行こうぜ」と弟2号を誘ってくれました。
母としては、「おおるんるんなんと麗しい兄弟愛かわいいアンチャンありがとうキスマーク」なんて思ったりもしたのです。

それをきっかけに、登下校=筋トレという発想も手伝って、2号は「行ってきまぁ〜す」と家を出て「ただいまぁ〜」と帰ってくる毎日になりました。

これがいろいろなことのタイミングの5つめ。

運動会当日。
リレーどころかアナタ。短距離走なんて5着でしたっけよわーい(嬉しい顔)あせあせ(飛び散る汗)たらーっ(汗)ー(長音記号1)
スタートでズッコケタとは言え、2番目に速い組での順位とは言え、ビリから2番目とは・・・なぁ〜にがリレー当確なんだか。。。ふらふら

でもその結果さえも、登下校=筋トレという発想を後押しする結果となりました。

これがいろいろなことのタイミングの6つめ。

波に乗っている2号クンは、それまで不登校だったことも忘れさせるような見事な働きっぷりで準備係りの仕事もこなしていました。

運動会の翌週早々、担任・学年主任・中間教室の先生・私達夫婦で話し合いの時間を持ったのですが、出た結論は「何かあったらその時にまた考えましょう。」というものでした。
それだけ今の2号は「フツーに登校」しているんですよね。

その話し合いの時、学年主任の先生が言いました。
「私は準備係り担当だったんですけどね、運動会が終わってブルーシートを洗っていたら2号クンが『先生何か手伝うことありますか』って来てくれたんで、遠慮なく『おお、これ雑巾で拭いておいてくれ』って頼んで、私は別の場所に行っちゃったんですけど、ドロドロになりながらちゃんときれいにやってくれてありましたよ。
終わったら『終わりましたけど他に何かありますか』ってまた来てくれて、いやぁ立派なもんですよ。なかなかこーゆー子はいないですよぉ。」

もうやだ〜(悲しい顔)もうやだ〜(悲しい顔)もうやだ〜(悲しい顔)知らなかった・・・・・
つーか、運動会が終わって、なぜかハダシの2号に
「靴下履きなさいちっ(怒った顔)なんでハダシなのちっ(怒った顔)ちっ(怒った顔)
なんて言っちまいました。。。。。ふらふら

登校できたとか運動会に出たことよりも、母はこのことが一番嬉しかったっすグッド(上向き矢印)るんるんぴかぴか(新しい)かわいいキスマーク
勝手なこと言ってごめんよ・・・

以前の2号なら、ガガガガァ〜〜〜っと「だって○×△□」と言ったのでしょうが、あの時は確かニコニコしながら「ああ、だってさぁ〜準備係でナンタラカンタラ、ま、いいや、ヘイヘイ」なんつって靴下を履いていたように思います。
その時は「怒られてニコニコしてんじゃねぇよ。」なんて思った鬼のような母ですが、きっと2号の心は達成感とでもいいましょうか、なんか満たされていたんでしょうね。
鬼ババを受け流す余裕があったらしいです。

余裕がないのは私ジャンって話ですね。

ま、そんなこんなで、クライシスと呼べばクライシスだし、チャンスと呼べばチャンスだし、そんなことを切り抜けながら今、「腹減ったぁ〜、死にそ〜〜〜」と帰ってくる2号がいます。

辛かった5年間のお陰で、危機を機会に換える準備が彼には整ったのかもしれません。

今、2号との合言葉は「全部5年分」です。
楽しいことも5年分。
叱られることも5年分。
筋トレ登下校も5年分。
掃除も、係りも、給食も、なにもかも、5年分って訳です。

給食と言えば・・・
中間教室に通っていたため、2号の給食は止めてもらっていました。
学校に登校するようになって、彼はお弁当を持って行きました。
校長先生・教頭先生・担任の先生から「給食とお弁当、トレードしようぜ」と何度か言われたそうですが、「ヤダ」と言って応じなかったそうです。
彼の中では「お金を払っていないのに・・・」という思いがあったのかな、と思いました。
で、母は言いました。
わーい(嬉しい顔)「アナタが保育園や学校に行かなくて食べない給食のお金を、これまで結構な月日払ってきているの。だから胸を張って給食を食べてもいいとお母さんは思うよ。」
もうやだ〜(悲しい顔)「・・・でもさぁ、オレのお弁当と給食じゃぁ、お弁当食べる人に悪いじゃん・・・」

・・・・・・・

ま、こんな危機をも機会に換えられるのかどうかは知りませんが、こんなカンジで元気な毎日を送っております。
今月からは給食も再開して、「やったぁ〜。だって給食おいしいんだもぉ〜んるんるん」と胸を張って給食を食べています。
フッ、今までずっと毎朝弁当作ってた人間の身にもなれよ、と言いたくもなりますが、ま、結果決定ってことで、いいんじゃないですか〜〜わーい(嬉しい顔)

---その3---に続く
posted by チャマ at 12:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 不登校を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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