2006年04月08日

緊張するのは先生も同じなのだ

我が家の不登校次男坊2号の担任が替わりました。
変わることは九分九厘判っておりました。
だって、ウチの学校に来てすでに6年目。
6年生進級の際に担任を替えるということは産代教員でもなければあまり例もなく考え難いことですから、「やっぱりね」という結果でもあります。


で、先月、卒業式の後に転任される先生の発表がなされた後、前任の先生が我が家を訪れてくださいました。
この前任の先生については、もう何も申し上げることはございません。
新しい赴任先では口だけじゃなく行動で示しましょうね、ということをオススメするばかりです。

担任が替わる、ということは、不登校に関係なく
「今度の先生はどんな先生なんだろう?」目耳
という期待と不安を、子どもにも保護者にも多かれ少なかれもたらします。
保育園の時、担任が替わって自分の周りの価値観がガラリと変わったことに今の不登校の原点があるウチの2号にとって、担任がどんな先生なのかはとても大きな意味を持ちます。
担任次第で学校との距離も変わる、とでも言えばいいでしょうか。
相性、というよりも、「自分を受け入れてくれるかどうか」なんだと思います。
保育園の時、やることなすこと否定されてしまい、試行錯誤をしてがんばってみたけどそれすらも周囲の友達が許さなかったりそれでも否定されたりして不適応に陥った経緯から、「今の自分を受け入れてくれそうな先生」であればある程、学校への距離は短くなるのでしょう。
「なんとかしてあげましょう」
という姿勢ではなく
「アナタを受け入れますよ」
という姿勢
なんですよね。

ウチの息子限定で考えると、
学校に行きたいけど行かれない、というのは、
学校に行きたいけど前のように傷つくのが怖いから行かれない、
ということでもあるんだと思います。
幼いながらに一生懸命考えて、試行錯誤して、その結果拒絶されてしまった・否定されてしまった・受け入れてもらえなかった、どうして良いか判らなくなった=不適応⇒登園拒否という経験を、もう二度としたくないんだ、だからその可能性がある場所には行きたくないんだ、でもみんなと一緒に日々を過ごしたいんだ、ってことなのかな、なんて思います。

そんな2号のように深刻な事態ではなくても、学校という社会での親代わり=保護する者とも言える担任が5年生にして5人目というのは結構キビシイものがあります。
しかも、常識的に考えて5年生で担任を持ったということは余程の事情が無い限りは6年生まで持つんだろうと思われます。
野球をやり続けるために中学校には行くのだ!と考えているらしい2号にとって、今度の担任が「どんな先生なのか」ということは大きな意味を持つことになります。
そんな空気は春休み中にチラリホラリと見られました。
でも、親は心にも無いことを言うのです。
「担任なんてさぁ、どーだっていーじゃん。担任に会いに学校行く訳じゃないんだからさぁ。」

とか言って、親だって夫婦揃って結構心配してたりするので、そんな空気は当然のことながら2号にも伝わってはいるんでしょうけどね・・・わーい(嬉しい顔)あせあせ(飛び散る汗)

そんなこんなで入学式の日を迎えました。

(実はもっといろいろなことが春休みにはあって、入学式の前日にはおとーさんと大喧嘩もしたんですけどね、ま、それはそのうちに書く…かもしれないし、書かないかもしれません。)

前日連絡があった通り、新しい担任の先生は新しい校長先生と今年で転任だろうという教頭先生と共に、中間教室に行ってくださったそうです。
いよいよご対面という訳ですねフリーダイヤル

新しい先生の様子を、その日寝るまで、ずぅぅぅぅっと言い続けていたウチの息子です。
どうやら彼は、新しい担任の先生にかなりの好印象を持ったようです。
以前にも同じことがあって、でもそれが裏目に出てしまったことがあるので、嬉しそうに語る息子を見ながら気を引き締めねばちっ(怒った顔)位置情報と思う母だったりします。

そして昨日、夕方からおとーさんと共に小学校の校長室に行ってきました。
言うなれば、大人同士のご対面揺れるハートとでも言いましょうか?
新しい校長先生と新しい担任の先生に、「不登校児の親」として教頭先生からご紹介いただく場、とでも言いましょうか?
ま、なんでもいいんですけど、新しい担任の先生&校長先生見たさに行ってきました手(チョキ)わーい(嬉しい顔)あせあせ(飛び散る汗)
おとーさんも私もかなりの好印象をお二人には持ちまして、まずはお友達からお願いします、ってなカンジとでも言いましょうか?黒ハート

学校&担任の先生の方向性と、我が家との方向性とまずは大凡でもすり合わせをしておかなければなりません。
我が家としては前年度と変わらず、「中間教室の先生と連携を取って好きにやっておくんなさい」という方針です。
中間教室の先生とは、本当に腹を割って何度も話をしています。
お互い「そーじゃねぇexclamation」ということを何度も話し合って、お互いをほぼ理解した上でお任せしています。
そして何よりも2号本人が絶対的な信頼を中間教室の先生に寄せているのですから、親としてはそれに寄り添って出来る限りのことをするしかありません。
ですから、前任の担任の先生にも「私達の意見がどーのこーのなんてどーでもいいですから、中間教室の先生と連携を取ってやってください。」とお願いをしたのです。
ところが、昨年度はきれいさっぱり全くあきれる程、学校・担任の側では連携を取ろうなんて姿勢は無かったんですよね。
それは担任が「時間が無い」と言っていたことと、教頭が中間教室を煙たがっているということに起因します。
教頭がナゼ中間教室を煙たがるのか私には判りませんが、中間教室に通っていた生徒が学校に戻ったのは全て「自分のお手柄」という言い回しをするのを何度か見ています。
「へぇ〜ちっ(怒った顔)」って思いましたけどね。
口は達者で知識も豊富で知的レベルも高い方ですけど、そーゆー姑息なヤツだってことはいろいろな場面を通して判っていましたから、人の手柄を横取りするのは別に勝手ですけど、そんなことの為に担任と中間教室との連携を妨害しないで欲しいって思います。
簡単に済む話を、自分の手柄の為にややこしくしないで欲しいって思います。

現に校長室での話し合いの時も、私達が「中間教室の先生と連携を取ってやっていって欲しい」と言うと、あーだこーだ小難しいことを並べ立てて、学校の心の相談室に来ることで同意させようと試みていらっしゃいました。
でも、おとーさんも私も教頭対策を考えてその場に臨んでいましたから、主導権は譲りませんでした。
校長先生や担任の先生は、「ウンウン」と頷いているのですが、校長先生なんて
「そうですね。2号クンが中間教室の先生をとても信頼していることは見ていてよく判ったので、中間教室の方が良いでしょうね。連携を蜜にとってやっていきましょう。」と言っているんですけど、なんてったって教頭は納得しません。
なんとしても「心の相談室登校」にしたいらしいんですね。
終いには
「私達の仕事は学校に来てもらってナンボですから」
「楽しく学校に来れるだけでいいじゃないですか」
とまで言い始めましたね。
知的レベルが高くても、バカはバカですね。ふらふら爆弾
こういう教師は、教育者ではなくて策士とでも言うんでしょうか。
教頭から校長へ、そして天下り・・・世間で言うところの勝ち組なんでしょうけど、人間として、みっともないですね。

で、結局は中間教室へ今まで通りに通うことで学校側も同意してくれたのですが、それは担任の先生に対する不満とか不信とかからではない、ということは判って頂かなくてはなりません。
前任の先生はどうやらそこら辺を混同されていたらしく、必要以上に中間教室に行くことを嫌っていた風があるのですが、それでは困るのです。
教育者として、担任として、それはそれ、これはこれ、と考えてもらわなくては困るのです。
どんな仕事であれ、一緒に仕事をする人間が好きか嫌いかと、ベストな結果が出せるように仕事をやるかやらないかとは、全く別に考えなくてはいけない。
前任の先生はそんなことも判っていらっしゃらない方だったのですが、今度の先生はそんなことは無さそうな感じがしました。

新しい担任の先生はこんなことをおっしゃいました。
「2号くんがドキドキしていたのと全く同じように、私もドキドキしていたんですよ。でも、おうちで私のことを沢山話してくれたって聞いて、とってもホッとしています。
 2号くんが『どんな先生かな〜』と思っていたのと同じように、私も『どんな子かな〜』って思っていたんですよ。昨日も少しお話は出来ましたけど、もっともっと沢山話して、もっともっと2号くんを知りたいって思います。」


私は内心

「よ〜し、任せた。ここはもうノーサインだexclamation×2

って思いました。わーい(嬉しい顔)
おとーさんも同じ思いだったそうです。

「彼を知りたい」
それが一番なんじゃないのかな、って思います。
理解しようとなんてしなくてもいいんです。
なんとかしてやろうとなんて思わなくてもいいんです。
何よりもまず、2号がどういう人間なのかを知って欲しいんです。
それが無くてどうして理解だの登校支援だのが出来るんですか?ってことなんです。
前任の担任も、スクールカウンセラーも、まずは「おかーさんのお話を聞いて」ということから始めました。
そーじゃないでしょ?といくら言っても、余計な詮索ばかりして聞き入れてはもらえませんでした。
でも今回は違います。
先生自らが「まずは子どもを知りたい」と言って下さっているのです。
嬉しいじゃないですかるんるん

校長室での話し合いの後半では、ウチの子ども達1号2号二人共同席しました。
「いやぁ、実は今日来る時『オレも行っていいの?』って聞かれたんですけど…」と言ったら、「じゃぁ今から連れて来ませんか?」なんて言われて、私もこーゆー人間ですから「いーですかぁ〜exclamation&questionるんるん」なんつって、子ども達を迎えに行きました。

そして担任の先生は2号に言いました。
「2号くんがドキドキしていたのと同じように先生も実はドキドキしてたんだ。
 でもおうちで先生のことを沢山話してくれたってお父さんお母さんから聞いて、先生はとても嬉しかった。まだ会ったばかりだけど、これからもっと沢山会って話をして君のことを知りたいって思うから、『またかよぉ〜』とか思わないで付き合ってくれよな。」

先生、ナイバッチexclamation×2

意図的にかどうかは知りませんが、「中間教室で会おう」とは言わなかったんですよね。
「沢山会おう、沢山話をしよう」と言っただけです。
それに対して2号は「ハイるんるん」と答えた訳です。
これはナニを意味するんでしょうか?何も意味するところは無いのでしょうか?
不謹慎ながら、今後の展開が楽しみだったりする母です。

移動の季節、ところどころで様々な人の入れ替わりがあります。
生徒・保護者にとって新しい先生を迎えるということは大きなイベントです。
同じように、先生にとっても受持つクラスが変わるということは大きなイベントでもあるんですよね。
増してや新任や転任ともなれば、新しい職場と新しいクラスという大きな変化が一気にやってくるのですから大変なんだろうって思います。
それを子ども達の前で何事も無いかのように装うこともプロとしては要求されるスキルなのかもしれませんが、時として「オレだってオマエと同じようにドキドキしちゃって大変だったんだぞ、でもがんばってるんだぞ」というところを見せることも必要なんじゃないのかな、って思います。

これから家庭訪問が始まりますが、こんなに楽しみな家庭訪問は初めてかもexclamation&questionわーい(嬉しい顔)あせあせ(飛び散る汗)
posted by チャマ at 08:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 教育、とか? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ごぶさたです。
週末のパワーはすごいですね。
僕の方は・・・。

とにかくよかったですね。
ぼくがいいなあと思った人の言葉に
こんなのがあります。

「私はいつも最初に子どもたちに
あったときには
『私はこんなひとだよ。みんなはどんな
子なのかな。これから、いっぱい知りたいんだよ。』
っていうメッセージを出すんです。」

なんかこれを思い出しました。
Posted by しろ at 2006年04月10日 00:33
しろ先生、、、あ゛、しろさん、いらっしゃいませ♪
私の場合、週末限定パワーですねw
性格同様、コンスタントという言葉に縁遠いのかも++;)

『私はこんなひとだよ。』が一番最初だってのがイイですね。
懐を開けなきゃ懐に飛び込むことはできないですもんね。
すべてはそこから始まるんだろうって思います。
人を受け入れるって、そーゆーことかなぁ、なんて思いました。

いやぁ〜、ホント、息子たちには勉強させてもらってます。
私なんかよりもずっとも彼らはがんばって生きてますからね♪
腰が・・・なんて言ってられません(汗)
Posted by チャマ at 2006年04月11日 00:04
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