2006年03月21日

押し付けるな選ばせろ?

今日、なんだかよく判らないことを言われました。
ウチの不登校息子について、というか、教育論?教育的指導方法?子育て方法?なんだかよく判りませんが、そういう類のことで、これまた言っていることもなんだかよく判らないことを言われました。



息子についてアレコレと話をしている時、ある先輩お母さんから言われました。
「これはこうなのよ、って言ってない?
 親の価値観を押し付けないで、もっと選ばせてあげたら?
と言われたので、ウチはどーなんだろうか?と考えると、親の価値観は確かに押し付けてます。
「おかーさんはこう思うぞ」ということは、しっかりはっきりさっぱりくっきり言ってます。
で?アンタはどーしたいんだい?どーするんだい?
ということは、息子たちに丸投げしちゃうんですね。
彼らが出す答えは決して私が意図していたり想像していたり期待していたりしたものと同じとは限りません。
それに、答えに窮して黙ってしまったり、2号なんぞは考え過ぎて脳みそ使い過ぎて、こちらが待っている間に寝てしまうことすらあります。
それだけ必死に考えていると取ればいいのか、現実逃避したくなるような状況に追い込んでいると取ればいいのか・・・正直判りません。
結局どーするという答えを引き出せない時もあります。
「も」というより、その方が多いでしょうかねぇ・・・もうやだ〜(悲しい顔)
でも私はそれで良いと思っているんですね。
考えることに意味があると思っているんで。。。
私が知らないどこかで答えを出す日が来るかもしれませんし、来ないかもしれません。でもそれでいーじゃんって思います。
果たしてこれが良いのか悪いのか・・・は判りませんが。

そんなことを話すとその方は
「そんなことは子どもには無理よ!
 沢山選択肢を出してあげて、選ばせてあげないと!」

とおっしゃいました。

沢山選択肢を提案して選ばせる、ということに異存はございませんのです。
私が???と思ったのは、無理ってナニが?って思ったからです。
その選択肢もまた、親の価値観じゃないんですか?って思いました。
今すぐ答えを出さないといけないのかい?しかもその中から?とも思いました。

結局のところ、どんなに沢山選択肢を出したところでその選択肢は親の価値観から出されたものである、と思うのです。
その中限定で選べ、今すぐ選べ、さぁ選べ、と言うことは親の価値観を押し付けている以外の何物でもないって思うんですよ。
でも彼女はそうとは思っていないらしい。
そこにとてつもない疑問を抱くのです。
そこにとんでもない落とし穴を感じるのです。

それに、そんなにすぐに答えなんて出るもんでしょうか?
「子どもには無理」という言葉の裏には、その場で答えを出すことを前提としているってことがあるんじゃないでしょうか。
そんなこと、大人だってなかなか出来ないでしょ?

彼女はこうも言いました。
「お母さんは学校に行くにはどーすればいいんだろうって話をしているけど、2号クンはどう思ってるのかしら?」

そんな彼女は、実は毎日数時間、私よりも長い時間2号と一緒にいらっしゃるんですよね。
私に聞かないと判らないんでしょうかexclamation&question
とは流石に突っ込めませんでしたけど・・・

彼女の問いにはこんな出来事が答えにはならないでしょうか。

先週の土曜日、某番組に元阪神タイガースの監督だった星野仙一さんが出ていました。
私としては「2号、ちゃんと聞いとけよぉ〜」なんて思っていたんですけど、彼はそんな母の気持ちも知らず、TVの前でガッツリ溜めこんだカードゲームのカードを選別していました。
「やっぱ現役選手じゃないとダメなんかなぁ〜」なんて思いつつ、母はチラ見していたんですね。
ところが、ある出演者が星野氏に
「迷った時はどうされますか?」
という質問をしました。
すると星野氏はきっぱりと答えたんですね。
「迷った時は前に進みます。」
こう言った瞬間、2号はTVに目をやり、釘付けになっていました。
「前に行こうか留まろうか迷った時は、行きます。
 行かなくて後悔するよりも行って後悔した方がいい。」
星野氏がそんなことを言っている間、彼はジ〜〜〜〜ッとTVに釘付けになっていました。
そんな息子をチラ見しながら、私は「ふ〜〜〜ん」と思いましたけど、何も言いませんでしたし、これからも本人には言うつもりはありません。

我が子がナニを思ってそうしたのか、どんな心境だったのか、母である私には想像するしか手立てはありません。
自分がそうする時はどんな時なんだろうか?・・・なんてこの発言に反応するんだろうか・・・ってことは・・・なんてことが一瞬の内に脳内を駆け巡るんでしょうね。
そんな息子の行動を目の当たりにして、「あぁ、コノ子はこの子なりになんとかしようと思ってるんだなぁ。問題解決の為の情報を収集しているんだなぁ」なんて思う訳です。
そこで四の五の言うべきではない、との判断も、何の根拠も確証もありません。
でも私はそのたった一つの出来事で、息子は学校に行きたいと思っているんだろう、ここは見てみないフリをした方が良いんだろう、そう思いました。
ただなんとなく、そう思いました。

私は親として自分の価値観を押し付けます。
でもそれ以上に、息子たちはいろいろな場面でソレとは違う価値観に遭遇し、だからこそ沢山の価値観を目の前に並べ、その中から自分で選ぶんだと思います。
その選択肢までも親や周りの大人がお膳立てしてやることは、その中から答えを出させようとすることは、子どもが自分で探し出してきた価値観を排除することであり、押し付ける以上にレールの上を歩かせているということにはならないでしょうか。
時として、親が並べた選択肢の中から選ばせることは必要ですが、それもまた自分の価値観の範囲内なんだ、ということを認識するべきじゃないのかな、って思いました。

不登校って、一時期流行った究極の選択に似ているように思います。
今食べないと餓死しちゃう状況下で、○ンコ味のカレーとカレー味の○ンコ、どっち食べる?みたいな・・・
どれも嫌でしょ?
カレー味のカレーを持ってこないのが悪いとダダをこねるって手もあります。
それを子ども自信が見つけ出したならそれもまた宜しいのでしょうが、親が見つけ出して選択肢として並べたのなら、それもまた親の価値観なんだ、ってことです。
それだって結局のところは、子どもはそういう親の価値観の中でしか自由ではない、ってことじゃないんでしょうか。
「子どもには無理」なんてことを言って一見ごもっともな理由をつけて、親の価値観を「押し付けてないですよ」なんつって「この中から選びなさい」なんて言っちゃってていいんですか?

押し付けるな、選ばせろ。
どっちもどっちジャンって、思うんですけどね・・・
子どもはそんなにアホですか?
posted by チャマ at 01:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育、とか? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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