2008年12月14日

アイデンティティ構築真っ最中の彼ら

我が家の元不登校次男坊がフツーに学校に行き始めて早2年。
今では自分が不登校だったという事実認識はあるものの、その当時の大抵のことは忘却の彼方にあるようです。

中嶋みゆきが歌っているように、悲しい記憶が飽和の量を超えたら忘れるより他には無い、という理屈から、彼は嫌な記憶を忘れているのかもしれません。

また、私達人間の多くは幼い頃の記憶が余程強烈なインパクトを持ったもの以外で覚えているものが少ない、からかもしれません。

いずれにしても、彼が不登校だった当時のことの殆どを忘れてしまっているのは、人間がもつそのメカニズムによるところから、ということなんでしょう。

現在の彼はかなり世間にこなれてきていて、不登校当時やそれ以前にもっていたストイックさやガンコさや猪突猛進さなどなど、それ故に世間に順応出来なかったのかもしれないけれど、強烈だった個性というものはあまり感じられなくなりました。

母としては、それは嬉しいような寂しいような、微妙な感情を持たせる事実でもあります。
良くも悪くも、いろいろな面でフツーになった(なってしまった)次男坊が、幸せに日々を暮らしているだろうことに安堵しつつも、必要以上に長いものに巻かれる的な様子には、少々もうやだ〜(悲しい顔)なのです。

ああ、親というのは我が子がどうなっても満足できない生き物なんでしょうねぇ・・・バッド(下向き矢印)バッド(下向き矢印)バッド(下向き矢印)
つーか、親というより私が、ですかねふらふらあせあせ(飛び散る汗)あせあせ(飛び散る汗)あせあせ(飛び散る汗)




不登校当時のほとんどの具体的な記憶を無くしてしまったウチの次男坊ではありますが、事実認識だけはあるものですから、クラスの異変には少々敏感で、そして何故か私にご報告くださるのです。

先月あった中学校の参観日一週間ほど前、息子が何の前フリもなく言い出しました。
「オレのクラスさぁ、学校に来ない子が3人もいるんだぜ・・・」

えっとぉ、入学してからまだ7ヶ月ちょっとだよねぇ・・・それで3人ってぇのは、一体全体どんなクラスなんざんしょ眼鏡ー(長音記号1)

不登校生徒は、3人全てが女子とのこと。
息子に聞いた限りでは、女子同士のこれ見よがしのコソコソ話や、男子の冷やかしのようなチョッカイの積み重ねが原因らしいとのこと。

長男あんチャンが中学生の時も、やっぱり女子のこれ見よがしのコソコソ話に耐え切れなくなった女の子がずっと不登校をしていた。
でもあんチャンのクラスの時は、男子がそんな子どもじみたチョッカイを出すような話は聞かなかったんだけどなぁ・・・

次男坊は掃き捨てるように
「なにしろアレはひでぇ〜よ。」
と言ったので、「お前は経験者として何か出来ることはないのかい?」と聞いてみると、「オレには何もできない・・・」と下を向いてしまった。

出すぎて打たれた杭が、あまりに強烈に打たれすぎてその後必要以上に出れなくなってしまう場面はよく見る光景ではあるけれども、ああ、息子よ、お前もか・・・
守りに徹したい気持ちは重々判るが、昔のお前を知る母は悲しいぞ

そして参観日数日前、学級通信が家庭に配布されました。
そこにはクラスの大まかな現状に加え、先生から「ご家庭の力もお貸しして欲しいので、是非学級PTAには多くの保護者のご出席をお願いします。」とのコメントが。。。

学級PTAの出来レースの仲良しごっこにはウンザリしていて、これまであまり出席しなかった私ではありますが、息子が突然私にクラスの現状をご報告したからには何かあるんだろう、ってな訳で、「知ってるお母さんが来てますように」と祈りつつ、出席しました。

担任の先生は私と同じ年齢くらいの女性の先生ですが、学生時代を知る同じクラスのお母さん曰く「T先輩はメチャメチャ怖かった」のだそうです。
そして前任校に子どもがいる友人もまた、「他の男の先生の誰を怒らせてもT先生だけは怒らせちゃいけない、ってカンジだった」のだそうです。
確かに、入学式や授業参観、家庭訪問の際も、とてもパキパキとしていて考え方もしっかりとした方だなぁ、という印象があって、私は全幅の信頼を寄せていたといっても過言ではなかったです。

ただ、参観日直前に配られた学級通信の内容が、もうひとつ真意を測りかねるものがあって、「先生はなにがしたいんだろうか?」と思いながらの学級PTA出席でした。

学級通信には、クラスの現状について生徒にとったアンケートの回答が抜粋されて掲載されていました。
Q「人が嫌がることをしている人を見て自分はどうすると思うか」
抜粋されていたいくつかの回答はすべて、「やめろ!」と言いたいけど多分言えない。という内容のものでした。
そしてT先生は、「こういうことのないクラスにしたい」と訴えていました。

はて?先生はどのように変えたいのでしょうか?

「やめろ!」と言えるような生徒の姿を求めているのでしょうか?
それとも人が嫌がることをしない生徒の姿を求めているのでしょうか?
それともその両方なのでしょうか?

出席した保護者は思っていたよりも少なく、クラスの半分程度。
そこに担任の先生と、今回特別参加だという副担任でちょっと年上に見える男性のK先生。

最初にT先生より、クラスの現状についてお話がありました。
次にK先生よりご自身の意見が述べられました。
概要としては「これは一般社会に出たら立派な犯罪と見なされる行為であり、四の五の言わずに処罰すべきだと考える」というものでした。
どうやらそんなK先生の意見を、T先生が「なんとかしてみるからもう少し時間を下さい」と抑えているらしいのでした。

保護者はみなさんお母さんで、お父さんは一人もいませんでした。
まぁ、平日の午後ですからね。出席できるお父さんがいるとしたら、公務員とか自営業とかなんでしょうから、無理もないんでしょう。

ただ、やはり女性と男性では、その視点や考え方が違うからこそ問題が起こった時にはその両方が必要になると私は思います。
例えるならば、T先生とK先生のように。。。

出席されたお母さん方の多くが、クラスの現状を今はじめて聞いた、とおっしゃいました。
おいおい、学級通信配られたジャンかぁ。。。読めよなぁ。

3人の不登校の中の、どちらかと言うと五月雨登校気味の生徒のお母さんが涙ながらに発言されましたが、壮絶以外に例える言葉を私は知りません。
すでに身体症状が出ていて、登校時間になると発熱するのだそうです。
最初は風邪かと思って医者に連れて行ったりもしたけれど、医者に着いた頃には何事もなかったかのように元気になっている。
これは一体なんなんだ?と。。。
子どもに話を聞いたら、絶句してしまったそうです。

彼女はその正義感から、男子から消しゴムを投げつけられていた女子生徒を庇って「やめなさいよexclamation×2むかっ(怒り)パンチちっ(怒った顔)」と言ったのだそうです。
すると消しゴムを投げていた男子が「明日はお前の番だからなexclamationドコモポイント
そして翌日、その男子達から消しゴムの集中砲火を浴びたのだそうです。
見かねた他の生徒がT先生を呼びに行き、先生は大魔人のごとく叱ったそうですが、「こんなことして良いと思っているの」という先生に
「悪いことだって判ってるよ。でも謝らないから。」
と言い放ったそうです。

消しゴムの集中砲火を浴びた生徒のお母さんは涙ながらに訴えました。

「悪いことだって知っててやってるんですよ。それってどういうことなんでしょうね?悪いことやってるって判ってて、でも謝らないなんて、いったい親はどういう育て方をしたんでしょうね。」

消しゴムを投げた生徒は、とても勉強が出来るのだそうです。
彼女のお母さんは「お勉強ばかりさせて、人間として肝心なことを教えてなかったんじゃないんでしょうか」とも言ってましたね。

涙ながらに訴えたお母さんのお気持ちは、私はとても良く判ります。
何故ならば、経験者、だからですよね。
でもね、経験していない人たちにいくら訴えたところで、今時のお母さん達はそれが例え自分の息子であっても「だからナニ?」ってな反応しかしないんですよ。
それをやったのはお宅の息子さんなのよと言ったところで「それはヒドイ話よね〜」なんて言われちゃうんですよ。

親子揃って問題がアリ
それは間違いないことですが、今目の前にある問題を解決することを考えたら、その男子生徒の親なんてどうだっていいんです。
だって、変わる訳がないんですから。

なんとかしなくちゃいけないのは、消しゴムを投げた生徒。

でもね、それ以上になんとかしなくちゃいけないのは、自分の大切な我が子、じゃないんでしょうか。

男子生徒の親が心底反省して「申し訳ありませんでした」と誤れば、そりゃ親として少しは気も晴れますわよ。
でも事態は何も変わらない。

男子生徒が心底反省して「ごめんなさい。もう二度としません。」と謝れば、自分の子どもが学校に行かれるようになるのかと言えば、行かれるようになる場合もあるかもしれないけど、大抵はそれでも行かれるようにはなりません。
例えその時は行ったとしても、またすぐに別の何かに反応してしまって行かれなくなってしまうことだってあるんです。

もうすでに、クラスを改善することと不登校の子どもの心を救うことは、別次元の話になってしまっているのですよね。
クラスの状態を改善して救われるのは、不登校になる前の傷ついた心でしかありません。

そして困ったことに、中学生ともなると親や先生の言うことなんてこれっぽっちも聞きゃしません。
だって、彼らの中にある法律は、すでに親や先生・世間の良識から彼らの仲間社会の良識へと変わってしまっているのですから。
そして法律というのは、どんな社会であれその社会で生きようとするならば、それは最低限守らなくてはならないルールなのですから。

ぶっちゃけた話、私はK先生の意見に全面的に賛成です。
消しゴム投げ男クンが言う通り、彼らは「悪いことをしている」という認識はあるのです。それでもやる。
それが彼らの年代ではないんでしょうか。
その年代の特性、と言っても過言ではないように思います。
だから、ナニをどうしたところで、彼らの思考の方向性は変わらない。
仕方がないことなんです。

でも、やったことは許されるのかと言えば、消しゴムだけではなく3人の生徒の心に深い傷を負わせたことは、決して許されることではありません。
犯した罪は当然、償ってもらわなくてはなりませんよね。

そしてもう一つ。
誰かの考え方を己の思う方向に変えようとすることは、洗脳であると私は思います。
T先生が問題行動を起した生徒をどうしたいのか、実際のところは判りませんが、もし今までの問題行動を反省し悔い改めさせよう、とか、「やめろ!」と言えなかった生徒に「やめろ!」と言える勇気を持たそうと考えているとしたら、それは洗脳と呼べるのでしょうね。

世間の良識から考えて、思考の方向性を人の嫌がることはしないというものに変えることや、困っている人を勇気を持って助けるというものに変えることは、正しいこと、なのでしょう。
でも、それは例え正しいことだとしても、学校という公教育で行なってはならない、決してしてはならない行為だと私は思いますよ。

だって、某国の自爆テロにしたって、それが正義だと思っているからこそ彼らは爆弾を抱えて群集に飛び込むのです。
その昔、我が国では戦争は正しいことだと学校では教えました。
我々が正義なのだ、と。。。

正しいこと、というのは、実は偏った見方でしか無いということ。

学校教育が即ち洗脳教育だ、という言説には毛頭賛成はしていません。
ただ、今の学校を見ていると、洗脳教育と呼ばれても仕方無いでしょ、と思います。
モノの見方なんて、実は十人十色のはずなのに、どうしてこれは正しいとかこれは悪いとか・・・
それもね、ちゃんとしたことを教えてくれればまだマシですけど、フェミニズムとジェンダーフリーと男女共同参画の区別も出来てない上に巧妙に思考を誘導しているような資料を使った教育をさも「ホラ見テェ〜」と言いたげに保護者に紹介するような真似は止めて欲しいですよね。
あまりの恐ろしさに鳥肌立っちゃいましたからぁ〜
でもって、それを突っ込んだら担当の先生が黙っちゃいましたからぁ〜

人権なんて難しい問題を生徒に教えるならば、もっとちゃんと勉強してからにして下さい。
そして、生徒達には自分はどう考えるか、という余白がもてるような教え方をして下さい。
フェミニズムもジェンダーフリーも男女共同参画も、世の中の全員が一丸となって「正しいこと」と認識している訳ではなにですから。

そんな訳で、私はK先生のご意見に全くもって賛成しています。
退学も停学もない義務教育中の公立中学校ですから、さてと言ってどのような処遇を考えていらっしゃるのかは知りません。
でも今回の場合、彼らに教えられることはただ一つ。
ルールを守らなかったら、人を傷つけたらどうなるか、ということだけだと思います。

ナニがどーでどーだからこーで、なんてことは、各人それぞれが考えれば良いことです。
そんな余計なところにまで学校が介入しようとするから、洗脳教育などと呼ばれるのではないでしょうか。

他人の思考まで自分の思う通りにしようなんて、一体全体何様のつもりじゃいちっ(怒った顔)パンチ
ってことです。

そうやって関わった全ての人間に対して、それらの人がこの世からいなくなるまで責任が持てるというなら話は別ですけどね。
所詮教師なんてさぁ、卒業したらそれっきりじゃねぇ、
ってことです。

中学生の彼らは、現在進行形でアイデンティティを構築している真っ最中です。
それも初めての作業だからこそ、人生最大の大仕事でもある訳です。
そこをすでに通過してしまった私達大人は、経験しているからこそ判ることもあれば、過ぎ去ってしまったからこそ判らないこともある。
少なくとも、私達大人とは同じ人間ではあっても、別の生き物だと思っていたほうが良いのではないかしら?なんて思います。
大人のフツーは彼らにとっては全然フツーではないし、彼らのフツーは大人にとっては全然フツーでもないですし、それよりも下の年代なんて、もっと訳わかんない生き物だと思っていた方がいいんじゃないかしら?

そんな彼らに大人のフツーを押し付けようとしても、それは無理でしょう。
そんな彼らに大人が教えられることは、ルールは守れなければならない、ということしかないんではないでしょうか。

学級PTAでは、一人だけ長々と発言するわけにもいかず、言いたいことの概要だけしか言えなかったので先生方にも保護者のみなさんにも誤解を招いてしまった感がありましたが、一応発言はしてきました。

なぜか翌日、問題を起している生徒の一人と見られる男子生徒から
「お前のかーちゃんいいよぉ〜」
と次男坊が言われたのだそうです。
確かにその生徒のお母さんも出席してはいましたけど・・・
なぜそう言われたのかは未だ判らず闇の中・・・
なんとなく、思い切り誤解されているような不安がよぎらなくもないふらふらバッド(下向き矢印)ダッシュ(走り出すさま)

学級PTAの終了時、T先生から保護者にプリントが配られました。
自宅に帰ってお子さんと是非話し合って欲しい。今日の学級PTAに出席して思ったこと、子どもと話して思ったこと、何でも良いから書いて出して欲しい、とのことでした。

書ける量には限界があって、伝えたいことがちゃんと伝えられたかどうかの不安は残るものの、ここで書いたようなようなことを書いて提出しました。

少なくとも、私はK先生の意見に賛成だ、ということは伝わっているでしょう。

人の嫌がることをしている生徒の中に、うちの次男坊が含まれているかもしれません。
だとしたら尚の事、厳重なる処遇を私は学校に求めます。
もし我が家の次男坊が彼らの社会のルールを重視して学校社会・一般社会のルールを破っていたのだとしたら、ここで痛い目に会わなければ彼は一生「オレには何もできない・・・」と下を向いてしまうような人間でいることになってしまうような気がするからです。

息子と話をしていて、彼は「特別なことはなにも出来ない」と言いました。でも「フツーに話したりすることは学校に来たときにはそうしてる。」と言いました。
不登校を経験した息子が考えて出した答えがソレだった、ということなんでしょう。
私は「満点花丸〜かわいい」と思いました。
良くも悪くも特別扱いされるのがとても嫌だったように、不登校当時の息子は見えました。

そんな中、明日は三者面談があります。
何故か我が家の前も後も、誰も面談が入っていないのですよね。。。
家庭訪問にしろ三者面談にしろ、そういう場合って大抵は問題を抱えていて話す時間が長いからってぇのがパターンなんですが・・・
うちの息子が何か???あせあせ(飛び散る汗)あせあせ(飛び散る汗)あせあせ(飛び散る汗)
それとも私かいexclamation&question

息子が私に話す自分の姿は、良いところだけしか伝えていないのかもしれませんし、先生が見る息子の姿が息子本人が思っている自分の姿とは違っているかもしれませんし、息子の苦肉の策を先生がちゃんと評価して下さっているのかもしれません。
先生の口から学校での息子のどんな姿が発表されるのか判りませんが、それは現実として受け止めるべきものだと私は思っています。
例え息子の思いとは違う評価であっても、それは即ち世間一般の評価として捉えることで、自分や息子自身が不利益を被らないための策を講じる良いチャンスでもあると思うのです。

折角心のカオス状態にいる息子達ですからねぇ、固まってしまう前にいろいろなモノを放り込んでやろうと、鬼のような母は思うのです。
それをどう料理するかは息子たち次第・・・

これってすごく無責任exclamation&question
いやぁ〜、息子たちを信じてるってことでるんるんいい気分(温泉)
でも実際に、教育なんてそんなもんじゃないんですかねぇ。
教えられたもの、与えられたものを活かすも殺すも、本人次第でしかないように、私は思うんですけどねぇ。
それをナニが何でも、無理矢理にでも活かしてやろうなんて、オコガマシイって話じゃないんでしょうかねぇ。
だからこそ、ゆがみや歪みやひび割れが出来ちゃうんじゃないんでしょうかねぇ。

な〜んてことは、明日の三者面談では言わない予定ですが(息子も一緒な訳ですし)、予定は未定ってことで〜〜〜手(チョキ)フリーダイヤル時計
posted by チャマ at 22:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育、とか? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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