2008年11月24日

アイデンティティを考える・・・体験編

今年も残すところあと僅か・・・
今年アップした記事もまた僅か・・・
正直なところ、ブログなんて書いてる場合じゃないっつぅの、てなカンジの一年間でございました。

ジタバタ・ドタバタは毎度のこととは言え、今年一年は本当に疲れた〜モバQ

やること為す事すべてがうまく行かない・・・
どうしたら問題が解決するのかすら解らない・・・
やること為す事上手く行かないのは毎度のことだけど、「じゃ、こうしたらどうだ!」というジタバタすることすら解らなくなってしまうというのは、恐らく始めての経験かもしれない。

途方に暮れるとは、こういうことを言うんだろうか?



やること為す事上手く行かず、起死回生の一発を放つ方法どころか、いったい何が起死回生の一発なんだかも解らなくなり、泥沼の中にただ沈んでいると、確実に自信が失われて行く。

一旦自信が失われると、さらにやること為す事が上手く行かなくなる。
自信の無さに焦りや苛立ちが加わって、今まであたり前に出来たことさえも出来なくなっていく。
終いにはナニカをすることが怖くなってくる。

精神的にイッパイイッパイ・・・

そんな私を泥沼から引っ張り上げてくれたのは、たった2ヶ月だけ一緒に働いた「和尚さん」だった。
和尚というのは彼の子どもの頃からのニックネームだそうで、実際には私はそんな風に呼んではいなかったのだけれど、風貌といい、淡々とした生き方や行動といい、和尚さんという呼び名はぴったりだぁ!と思える。

彼の口癖は
「だいじょ〜ぶ」
で、得意技は
「強制終了」

何をどうすればいいのか解らなくなっている私に、彼はまずポイントを押さえる、ということを思い出させてくれた。

あの時の光景は目に焼き付いて離れないのだけれど、周りの人からアレもコレもとやらなければいけないことだけを沢山言われてイッパイイッパイになっている私を見るに見兼ねた、そんなカンジだった。
「今やっているこの作業は、何のために、何を目的にやっているの?」

こんなことは仕事の基本である。
それが解っていれば、やり易い方法も、間違わない方法も、自分なりに考えつく筈なのだ。
でも、すでに失敗することを恐れてオロオロしているだけの私にはそんな余裕もなければ、ただただ、言われたことを忠実に間違わないようにやらなくちゃ!そんなことしか考えてはいない。

そうだ、思い出した!
和尚さんの話を聞きながら、私は不覚にも泣いてしまったもうやだ〜(悲しい顔)
職場で泣くなんて、過去に一度しか、それも社会人に成り立ての頃にしかないことなのに、この年齢になって小娘のように泣いてしまった。。。

「コイツはなんとかしてやらなくちゃいけない」
和尚さんからはそんな気持ちが汲取れた。
それが嬉しかった。

小手先の方法論ではなく、モノの考え方から間違ってしまっている私を見抜いたからこそ、そういう行動に出たのだろう。
そして彼は、これまた淡々と次の職場に去って行った。

そこから私は少しずつ、「だいじょ〜ぶ」と思える自分に戻りつつある。
不思議なことに、そう思えてくると追い風が吹いてくる。

ほんの1ヶ月ほど前、なんでもない出来事から決定的に自信を回復するに至った。
ほんとうにつまらないこと・・・でも、腹に力が戻った一瞬だった。

そしてつい二週間ほど前、私は今までになく、自分という人間を受け入れられるようになった。
そんな出来事に出会うまで、私はずっと気付かないでここまで生きてきたのだけれど、私はどこか自分を受け入れ切れずに生きてきたようだ。

今、私の息子たちはアイデンティティの探求の真っ最中と呼べる年齢にいる。
そんな息子たちの母である私もまた、この年にしてアイデンティティを探求し続けた一年間だったように思う。

「私とはなにものか」
それを認識し、受け入れてこそ、一人の腹の座った人間となるんだろう。
「私」という誰よりも大切に思う存在を正しく認識し、受け入れるという作業は非常に労力がいる。

パソコンで例えるならば、デフラグとでも言えばいいだろうか。
デフラグには結構な空き容量が必要だけど、人間はパソコンとは違って、全ての作業を停止してデフラグに集中する、なんてことは出来ない。

人間って、やっぱスゴイexclamation×2
posted by チャマ at 12:17| Comment(0) | TrackBack(0) | いろいろ考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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