2008年12月14日

アイデンティティ構築真っ最中の彼ら

我が家の元不登校次男坊がフツーに学校に行き始めて早2年。
今では自分が不登校だったという事実認識はあるものの、その当時の大抵のことは忘却の彼方にあるようです。

中嶋みゆきが歌っているように、悲しい記憶が飽和の量を超えたら忘れるより他には無い、という理屈から、彼は嫌な記憶を忘れているのかもしれません。

また、私達人間の多くは幼い頃の記憶が余程強烈なインパクトを持ったもの以外で覚えているものが少ない、からかもしれません。

いずれにしても、彼が不登校だった当時のことの殆どを忘れてしまっているのは、人間がもつそのメカニズムによるところから、ということなんでしょう。

現在の彼はかなり世間にこなれてきていて、不登校当時やそれ以前にもっていたストイックさやガンコさや猪突猛進さなどなど、それ故に世間に順応出来なかったのかもしれないけれど、強烈だった個性というものはあまり感じられなくなりました。

母としては、それは嬉しいような寂しいような、微妙な感情を持たせる事実でもあります。
良くも悪くも、いろいろな面でフツーになった(なってしまった)次男坊が、幸せに日々を暮らしているだろうことに安堵しつつも、必要以上に長いものに巻かれる的な様子には、少々もうやだ〜(悲しい顔)なのです。

ああ、親というのは我が子がどうなっても満足できない生き物なんでしょうねぇ・・・バッド(下向き矢印)バッド(下向き矢印)バッド(下向き矢印)
つーか、親というより私が、ですかねふらふらあせあせ(飛び散る汗)あせあせ(飛び散る汗)あせあせ(飛び散る汗)


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posted by チャマ at 22:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育、とか? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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